一方、西方においては、エジプトでは愛憎半ばしたブタが、一神教によって徹底的に憎悪・排斥された。それはなぜなのか? 様々な説が唱えられているが、決定打に欠ける。そのうえ、「私は知っているが云わない」と云ったヘーロドトスの謎めいた語(Hdt. II,47)が、謎を倍加させているのである。
去勢という”大家畜”管理方式を、ヒトがヒトに適用したのが「宦官」という制度であることは既述。この制度は東に厚く、西に薄い。日本列島がこれを受容しなかったのは、単に家畜の飼育という習慣が浅かっただけで、別に自慢するほどのことではない。西に薄いのも、大家畜が相手でなかったせいであろう。
人身供犠が残虐非道なものに変化していった契機を紀元前13世紀頃の気候変動にみる考えがある。気候の悪化→民族移動→大地から天への信仰軸の転換→一神教の出現……「人口の集中は同時に限られた資源のなかで生きていくために、きびしい社会的相互規制を必要とするようになる」
『星の民俗学』を繙いたのは勿論、粗探しをするためではなく、論者が中国の天狼星とバビロニアのシリウスの異同について記していたことを想い出した故だ。中国は狼星を弧矢で狙っているのに対し、バビロニアのそれは矢の鏃であるという違いがある。が、西方星学の北廻りの行路を窺わせる内容である。
さればこそ、歳差運動が発見されても、天動説が地動説に代わっても、土星の外にさらに惑星があることが分かっても、占星術師は安閑としておれたのだとわたしは想う。そういう意味で、古代人の”観想”はすごいのだ。
「鎮めや呪詛などの呪法と組み合わせて多用されたものに、陰陽道の霊符がある。……家の天井や壁、あるいは宅地などに貼るなり置くなり埋めるなりして建物ないし宅地の気を整え、外部からの災厄の侵入を防ぐ……これを「鎮宅」といい、鎮宅のための符を「鎮宅霊符」という」(『簠簋内伝』)
このような家畜管理方式を人間管理方式に応用したのが、宦官制度だという。「人を去勢して特定の用途に用いるという事例は、すでにメソポタミアのシュメール世界に存在する……また紀元前8世紀のアッシリア世界で、宮廷の官吏として、去勢されたものがいたとの指摘がなされている」(谷泰)。
「火の象徴としての牡羊は、また古典的な占星術の中にも見られる。そこでは獅子宮が動かない火(炎や光)を、人馬宮(射手座)が移ろいやすい火(灰や融解)を示すのにたいして、白羊宮(牡羊座)は基本的な火(火花や熱)を表している」(『動物シンボル事典』)。
この三つ組みに加えてさらに→
→ ホドロスキーは「このカードのメッセージは大きな霊的慰めである」と云い、ニコルズは「稲妻がじつは絵の中の人間に狙いを定めてはいない……その照準は塔の方へと向けられているのだ」と云う。ヴィーブル版については、「イエスの再臨」の図像との関係性が気になるところ、と『タロットの歴史』。
つまり、月下界からの帰昇と降下、冥界への下降と帰還はちょうど鏡像の関係にあるということであるが、このことに着目した論考を知らぬ。錬金術であれカバラであれ、諸々の秘教らしい秘教は、上と下、初めと終わり、生と反……の合一を奥義としているにすぎないのにである。
→つまり瞼がなく、開き放しのその目は、光熱の源として捉えられ、蛇信仰は太陽信仰に結びつき、日本の神話の中でも蛇、およびその目は光り輝くものとして捉えられた」(吉野裕子『山の神』)。
後は「火生土」の五行相生の理によって、火の次に来るものは「土気」である,と。
かくして世界は①〜③の上界3層と、④〜⑥の下界3層とから成る。この2つの世界を結ぶのが天の門であり、天の門が開くのは1年に2回(夏至と冬至)である。
ティアマートを打倒したマルドゥークが最初にしたことは、「メソポタミアの支配者には常に問題だった暦を組織することであった」。