五行説は森羅万象を5原素で説明しきろうとし、西方は4元素で説明しきろうとする。両方を比較して大きく異なるのは色の配当であろうか? 五行説が「土」を黄色とするのは、恐らくは黄土のせいであろう(右図)。エジプトでは土は黒、これは希臘においても同じである。
(幾つかの仮定の上ではあるが)描かれる『エヌマ・エリシュ』の「世界のホロスコープ」は、
太陽:白羊宮
月:金牛宮
水星:処女宮
金星:双魚宮
火星:磨羯宮
木星:巨蟹宮
土星(ニヌルタ/ニンウルタ):天秤宮
この家畜の管理方法を”そのまま”人間に適用したのが、宦官制度であろう。
”宦官制度がどうして東方に発展し、西方では発展しなかったのか?” 根本的問題は残るが、このあたりの考察は谷泰の論考に全面的に依拠している。このおそるべき探求・考察がほとんど無視されていることに、驚きを禁じえない。
その蠍が tetramorph の”鷲”と互換性があるというのだから、混乱するのも無理はないが、このことにひとは案外無頓着である。
しかしGDには明確な理屈があった。獅子はNetzac(7)の火を表し、鷲はHod(8)の水を表し、Yesod(9)以下のエネルギーによって沸きたつ大釜=Yesod の中で和合する。
「唐代には皇帝たちをはじめとする多くの患者を悲惨な死に導き……そうしたいくつもの要因が道教徒の中の霊薬服用離れを惹き起こし……錬金術の精神過程は物質的過程から自立し、内丹と呼ばれる技術と理論の体系へと再構成されたのである」(山田慶兒『本草と夢と錬金術と』)。
つまり、月下界からの帰昇と降下、冥界への下降と帰還はちょうど鏡像の関係にあるということであるが、このことに着目した論考を知らぬ。錬金術であれカバラであれ、諸々の秘教らしい秘教は、上と下、初めと終わり、生と反……の合一を奥義としているにすぎないのにである。
「この悲劇的なユダ王国末期に、ユダではエレミヤが預言し、捕囚民の間ではエゼキエルが活躍した」。エゼキエル? 然り、バビロンのケバル河畔で、四つの生き物の幻視を視た預言者である。この四つの生き物がX「運命の輪」とXXI「世界」札に登場する。幻視の再現は難しいがレヴィの図が近いだろう。
→この期を境としてヘルメス-メルクリウスは地上的啓示神にして金属の精という二重の性質を帯びるようになり、いわばヘルマプロディトス的存在と考えられるようになったのである」(ユング『心理学と錬金術』)。
「哲学の卵」の中にメルクリウスが太陽と月の上に立っている(『沈黙の書』)。
暗号文書の7惑星配当
水星/金星/月/木星/火星/太陽/土星
を、ミトラス教の配当
水星/金星/火星/木星/月/太陽/土星
と比較すれば、月と火星を入れ替えただけであることがわかる。ミトラス教では、月と太陽は不可分の重要性をもっていたから、これを切り離すことはできなかったか?
「二千五百年前はネオグラシエーションと呼ばれる寒冷期に相当している。北欧の鉄器時代の初期と日本の縄文時代晩期は寒冷で多湿なきびしい気候にみまわれていた。こうしたきびしい気候条件のなかで、人身供犠や異常なまでの祭祀への傾倒が、引き起こされている」(安田喜憲『大地母神の時代』)。
とはいえ、星学の配列を採用した形跡はまったくない。唯一注目してよいのは、『形成の書』第四章七の配列(土星を最初にして最後を水星にする)がミトラス教の配列とやや似ていることだ。ただし、そういう意図があったかどうかは不明。水星が配列の末端に割り当てられた例は他に1例もない。