日本人は長時間労働はよくない、社畜はよくないと口では言いながら、彼ら自身そんな社畜国家を望んで維持しているように思える。スペイン人のいい加減さのおかげで死ぬような目にあいながら、「だがそれがいい」と言い切ったジョージ・オーウェルの豪胆さを見習うべきではないか。
「コブラ」にはフィリップ・マーロウからパクったとしか思えないような台詞が存在する。だが、まあいいってことよ。タフになれ。タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きていく資格がない。あるいは共通の元ネタがあるのかもしれない
マルクス「資本主義的生産様式における矛盾。労働者は商品の買い手として市場にとって重要である。しかし、彼らの商品ー労働力ーの売り手としては、資本主義社会は、その価格を最低限に制限する傾向がある」
「文学部唯野教授」でもやってたが、作品と作家の思想を切断して批評することの是非については長年論争があるようだ。それにしても、小林多喜二そのものを共産主義と結びつけるなという主張には小林多喜二はやはり憤死せざるを得ないだろう。
民族特有の性格というものはなく、環境が性格をかたちづくる。では、どんな環境が日本人的性格をつくりだすか。考えてみたが、いちばん日本人的なのはソ連の強制収容所だと思う。
リベラルがみんな穏健派で自分の価値観を他人に強制しないといつから錯覚していた?テロリズムはアラブ人の発明なんかじゃありません。明日もう一度来てください、本当の恐怖政治(テルール)をお見せしますよ