ただ装甲は木製とあって「よわよわ♥」で、僧会直属の「戦艦」はもとより、遥かに小型のコルベットやガンシップにさえ、一対一であれば木っ端微塵になりかねません。その意味で浮砲台は(自己の搭載火力に耐えられるという定義での)「戦艦」とは言い難いものとなります。
というのも、これも前回考察したように墓所の本来目的とは腐海創造による世界浄化システムの構築・維持であり、それゆえ貯蔵技術・知識が生物工学に偏り、また王蟲の体液と墓の体液が同一だったり、王蟲同様にヒドラを培養する装置があるなどの特徴を有したと考えられます。
もしユパの推論どおり、「青い衣の者」が事実に基づく願望、或いは破滅の危機が高まるとき人類が生み出す存在であるならば。300年前に大海嘯と言う危難に見舞われたエフタル地域にも同様の伝承が強く継承されてもよさそうなものですが、なぜ土鬼や「森の人」のようにはならなかったのでしょうか。
それでもジルが未だ元気なうちは問題ないかもしれません。が、物語冒頭でのジルは急速に衰えており、ユパの前回訪問(1年半前)時には「飛べた」或いは何とか従軍できそうだったのが、一気に寝たきりになってしまったとナウシカから示唆されます。
正に墓所にはユパが語る通り、火の7日間以前に遡る、「生命の源を操る技」が遺されていたわけですが、何故ほかでもない、この技が墓所に保存されたのでしょう。世界浄化計画の推進者たちが「技そのもの」に遺す価値を見出だしていなかったのは牧人の台詞からも明らかです。
そんなセルム達森の人も最後はナウシカを信じて、墓所へ共に向かいます。ナウシカの推論に同意したかは微妙ですし、まして墓所で得た「真実」はナウシカと二人だけの秘密にしてしまいましたが、ユパの言葉を借りれば「ナウシカにはなれずとも同じ道は歩んむことはできた」訳です。
ナウシカにして物語開始時には既に母はなく、出陣後は家族としての父を思い出すことも少ない状況です。トルメキア・土鬼両王家の骨肉の争いについては言うに及ばずといった状況です。
ぎっくり腰をコルセットで堪えつつ、30分ばかりの立ち仕事から小休止。へへ…イテェ たまらねェ…
開戦前夜の「環境づくり」が活発化しつつあるように見える露宇情勢。露側のアナウンスの副音声がどうしても姐御のこの場面に重なってしまう…