十兵衛〜!おれだ〜!…金ケ崎と言えば退き口かもしれませんが、朝倉氏的には敦賀郡司が守っていたところなんすよね。景恒が防衛してたけど信長に降伏してしまって…というビターな想いが溢れて潮風と桜吹雪が切ないことこの上なし。ところで金ケ崎に朝倉神社なるものがあるなんて知らなかった。
改めまして特別展『朝倉義景の一生』感想、階段のディスプレイから人気投票までエンターテイメント感満載で惹きつけつつ、展示ではしっとりと義景に想いを馳せることができる演出で素晴らしい…!図録も併せてしっかり読み込むと義景の見方が変わると思います。あとカニすくいで腹筋崩壊🦀。
おまけ・池上遼一先生の描く朝倉義景公(30代後半)。ご覧くださいこのイタリアマフィア感溢れる貫禄。眉毛が無いのは公家趣味だからというわけでは無い。マフィアだから(違)。
参考資料・🦒義景様も「お経を唱える者との戦に勝ち目は無い」と言うほど手こずっていた一向一揆の図(池上遼一先生の『信長』より)。
織田信秀が朝廷に皇居の修理に四千貫文出したって話、そういば「桶狭間戦記」で見かけたな~と思って久々に開いてみたんですが、それを知った今川があとから五千貫文寄進してて面白い。信秀を意識する今川の負けず嫌い感。私にゃこの話の信憑性は分からぬのですが。
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