佳文（街には腐った海水や油、あと焦げたような臭いが混ざった、得体の知れない空気が満ちていた）「これが、私の街なの…？」 （18年間毎日見ていた景色） （小さい頃によく遊んだ路地） （そんなもの一切合切が、脈絡のないガレキだけを残して）（根こそぎなくなっていた） #ある光

父「お前ら、あんまり肌を出すなよ」 佳文「えっ」 父「ラジオで言ってただろ、放射能のこと」「後ろのやつ被っとけ」 佳文「分かった」 「…」 「ごめん、私」「ちょっと行きたいとこがあるんだ」 「あとで合流するから！」 母「ちょっと、どこ行くの！」 #ある光

佳文（私は真っ先に美咲の家に向かった）（私達みたいに家を見に来てるんじゃないか、もしかしたら会えるんじゃないかと思って急いだ） 佳文「あのへんだ…」 佳文「…」 佳文（そうだ、宮田くん…！） #ある光

佳文（これ、ポストだ…　宮田くんの家の前の） 佳文「みんな、どこ行っちゃったの…？」 佳文「宮田くん…」 男「君、賢治の友達？」 #ある光

佳文「どなたですか…？」 男「あぁ俺、賢治の母ちゃんの知り合いだ」 佳文「私、豊浜高校の船附です」「11日、宮田くんと会う約束してたんですけど、連絡取れなくて」「何かご存知ありませんか？」 男「…すげえ言いづらいんだけどよ」 #ある光

佳文「分かりました、ありがとうございます」 男「…俺、もう行くぞ」「仕事あるからな」 #ある光

佳文「…なんで逃げなかったの？バカ…」 「…」 「そうだ」「私が悪いんだ」 「私が4時に部室って、メールしたんだ」 「だから彼、一回帰ったんだ」 「私が変に時間空けたりしたから」 「ごめんね、宮田くん」 「無事でいて、お願い」 #ある光

佳文（…何？） 「…」 父「あぁ佳文、どこ行ってたんだ」 #ある光

父「ちょっとこれじゃ手の付けようがないから」「一回戻ろうと思うんだが」 佳文「…」 父「どうした？」 母「佳文…」 母「何かあったのよ、この子」 佳文（津波の恐怖　街がなくなってしまったショック）（それから宮田くんのこと、美咲のこと、おじいちゃんのこと） #ある光

佳文（全部が混じり合って心の中がグチャグチャになって） （堰を切ったように、涙があふれた） （私は母にしがみついて、泣き続けた） #ある光

母「あなた、あれ」 「うちの棚じゃない」 父「ん？」 父「本当だ」「テレビの横にあったやつだな」 母「ガラス戸は開いちゃったのね」 父「確か、下の引き出しに…」 父「良かった、残ってた」 母「それ、お義父さんがまとめてたやつね」 父「ああ」 #ある光

父「これ、持ってくよな」 母「もちろん」 「これだけでも見つかって、本当によかった」 「佳文がすこやかに大きくなってくれた、証だもんね」 佳文「ごめん、学校に忘れ物があるんだ　5分だけ待ってて！」 #ある光