ごろごろ音を長く長く聞いていると、なんとなく海鳴りに似ている気もしてきた。猫の体には心臓の代わりに海でも入っているのかもしれない。猫は液体っぽいので、納得がいく気もする。猫海は温かな水で満たされていて、くらげや蛸が平和にぷかぷかと漂っているのだ。
特に寝起きの猫はぐんにゃり柔らかく、あたたかく、どこまでもやる気が無い。目に光も無い。なんせ寝起きなのだ。多分自分が今どういう状況かもいまいち把握できていないのではないだろうか。それとも、何もかも眠気の前ではどうでもいいのだろうか。永遠にどうでもいい存在でいさせてほしい。
購入した物が禄に使われず置物と化してしまった例は枚挙にいとまが無い。というかそうなってしまった物の方が圧倒的に多い。いや、自分がいらんものを買ってきすぎなのかもしれない。うちの猫と自分の趣味がつくづく合わないのだな、と冷静に考えるとしみじみ悲しい。
ふと思い立ち、顕微鏡を引っ張り出し、猫の毛をプレパラートに乗せてみた。可愛い生き物の毛は拡大しても可愛かろう、見たい、という至極当然の発想である。