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1613 / 1877 作品目
師直はおろか尊氏もだいぶ直義のことを「戦が弱い」と舐め腐っていたと見え、直義が京都から失踪した時も放置していた そして次に姿を現した直義は南朝側に寝返っていたワケで完全に虚を突かれた形となる 九州の直冬との連携も見るに相当綿密に戦の絵図を描いていたと思われる #逃げ若 #逃げ上手の若君
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