でも『進撃の巨人』ってそもそもがそういう話で。壁の向こうにいるのも化け物なんかじゃなく同じ人間で、自分らと何も変わらないとお互いに理解する者が出てきた頃には既に戦況は最終局面でありゼツメツ・モードになっており、互いが互いの大事な人を駆逐し合った仇敵になってしまっているという。
でも進撃はその順番が独特で、キャラの背景が明かされるのが最終行動の後なんですよね。もう「取り返しのつかない状態」になってから「実はコイツこういう奴だったんですよ」が明かされる。11巻で突然裏切ってもう完全にアカン関係になった奴の回想を、23巻に入れたりする。 #今更そんなこと言われても
進撃の巨人、キャラクターのアクション手順が一般的な作劇法と違うよね、という話。普通、キャラになんかさせる時、「こいつはこういう奴です」とかの紹介があって、行動指針になってる背景や過去の回想なんかがあって、その後に行動が描写される。ワンピースとかジョジョとか。
キン肉マン引退セレモニー、キン肉マン結婚前夜と時期的にどっちが先なのかよく判らなくて「あの時は素直にスパーリングしてたのにこっちではキレてるの?」みたいな感情が発生する。
まあ、既に物語の視点は「エレンの次の世代」に移り変わっており、エレンの写し身みたいな子に特濃超速培養ででエレンしんじつを判らせに来ているので、まあ。 #このままでは終わらせんぞという漆黒の意志
昔から、決戦の前に「あり得たかもしれない別の選択を選んだ未来」「穏やかな夢」みたいなのを夢想しちゃって、「実は俺の望みはそっちなのでは」みたいな迷いを踏まえた後に、それでも戦いに赴くシチュが大好きですが。「一旦下がって、助走をつけて大ジャンプ」みたいな趣がある。