諸星大二郎も強く感じた!彼も童話を凄くシュールな解釈で短編描いてるし、文化人類学を基にした神話的な作品が多い。宮崎駿自身ファンを自認しているし、ぽさがストレートに出てた。『Gの日記』にある館不条理さ、別々の世界に繋がる窓が立ち並ぶ空間、『マッドメン』の下の世界の海など。
ちなみに後半から出てくるヒルドさんが超自分好み。主人公を仇とするが、何だかんだ加勢してくれるピッコロ的な立ち位置。自分もこんな女性に殺されたい。表面的なジェンダー感を超越したパーソナリティのキャラって良いよ。寧ろそこを異性の魅力として感じるよ。異性愛者としては。
『少年のアビス』を読んでいるが、いやーヘコむな。鬼滅が共同体の理想像を描いた作品なら、此方は共同体の地獄そのもの。衰退する地方都市。若者にとっては東京に脱出する以外に希望はないが、あらゆるしがらみが彼等を離さない。
連チャンパパでパパが取り立て人として覚醒する流れが、自分がやられて嫌だったことをやり返すという、極めてロジカルな負の学習の結果というのがグロい。そこに更に元教育者としての子供の人心掌握術も組み合わせて独自の取り立てスタイルを創造する等、持頭の良さが覗けるのも酷い。
某所で話題になっている連チャンパパを読んでるけど、凄い作品が発掘されたな。新聞4コマ的な人畜無害な絵柄が、かえってグロテスクな物語を純粋に浮かび上がらせている。全てが想像を絶するクズで戦慄するしかない。
4巻の広島フェスが1つの転機だと思う。シリアス味が増し、キャラ達も転調した。特にリーダーのれおが不安定さを覗かせる様になり、これは“気高さと脆さ”というアイドルらしさの表現であると同時に、後に引退と舞菜への継承という展開もあり得るのでは無いか。メンカラーが被っているのもその伏線かも
アイドル側に軸足が移って以降も、ドルオタとの持ちつ持たれつな関係を描写し続けているのが良い。キモオタでも掛け替えのないファンであり、彼等によってアイドル達は生かされているし、逆も然り。この生態系そのものへの肯定の眼差しが他のアイドル物とは違うな、と。
うーん、ドラマになっているなぁ。今人気投票編読んでるけど、人気上位の子程アイドルとしての仮面を被るのが得意で、下位程苦手という構図が暗に描かれている。れおに至ってはファンとの関係のみならずチームに対してもリーダーとしての仮面を被っている。それが強さでありつつ哀しさも覗かせる。
『推しが武道館へ行ってくれたら死ぬ』、これはある意味ロミオとジュリエットみたいなものだな。握手会という形で階級の違う2人が逢瀬を重ねる。その上舞菜とえりぴよのそれぞれの理想とする関係が違うからすれ違いが起きる。そのすれ違いを埋めるには握手会の時間はあまりに短い…
ジャンルが違うが連合赤軍を描いたレッドは後に殺される人は死ぬ順番が常に頭上に描かれていて、話の終わりには死亡まで後何日とカウントされる。でも話自体は口数少なく現象しか描写しない。それが回避不可能な悲劇が迫ってくる絶望感が良く出ていた