岩下朋世『キャラがリアルになるとき』、漫画表現について書かれた部分で一番思考に刺激を受けたのはここでした。
自分が援用されているのもあるけど、様々な論を引き寄せられる裂け目になっているように思う
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ゲーミングお嬢様、ジャンプ+版はプレイヤーと持ちキャラを一緒に左右切り返し、オリジナルのルーキー版はプレイヤーの心理描写のみ切り返している(ゲーム内の格闘は左右の位置関係を維持)のでコマ割りのなんたるかも感じられる
ケンガンシリーズの武術ウンチクは(マンガ的だとしても)かなりいい加減なことが多いけど、これが「至ってシンプル」なわけないだろ!ってなった解説
ただ、一枚絵だとパンしても傾かないので、言葉の上では「パン」だけど、壁に対して平行移動する移動撮影のような見え方と混ざった技術が生まれていて、これは漫画や縦スクロール漫画でも利用できる技術だという話
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ソーマのアニメの乳袋は「原作再現が上手いわけじゃない」という部分があるので話題の争点とは別の見方で微妙な作画だったりはする…(鉄鍋のジャンで同じ話をされてたら問題なし)
BSマンガ夜話の『めぞん一刻』の回だったかで「黒ベタにホワイト線で髪型を表現するのは珍しい」という話を鬼滅の黒髪の描き方を見る度に思い出すんだけど、今でも手法として珍しいと言えば珍しい…?(要検証) 絵柄から、女性的って思わせる印象のひとつではあると思う
鬼滅の続編やアフター妄想のなかで(腐るほどあるジョジョは無視して)割と気に入ってるのは「炭治郎とカナヲの子どもの中に無惨に顔そっくりの息子が生まれてくるがまっとうに育つ」ハーメルンのバイオリン弾きパターン
『クライング フリーマン』の中盤あたりに「アフリカの投げナイフ使い」として出てくるけど、連載がたぶん1987年くらいで、当時何かあったのかな?>RT