父との話、続きです
書くことが多すぎてすごく長くなってしまっていますが、まだまだ続きがあります
父がなぜこのようになってしまったかも、ちゃんと理由があるので、そのうち書きます
過去のトラウマが今現在の自分にも残っているという話です
なんで父親を結婚式に呼んだのか、について疑問に思われる方もいるかもしれないですが、父にも良いところやお世話になった部分がたくさんあるので、そんな話も後々書いていきます
次回は、小4で父と再会してからの話です
私の過去の話、つづきです
この時のことは色々ありすぎてどこから書けばいいのか悩むのですが、
父と暮らした一週間で何があったかと、どういう異常があったかのお話を、次回以降にお話しします
今日は私の過去のお話です
最初の話題からかなりズレてて申し訳ありません
父に対しての複雑な感情を説明するには、こうした情報も書かないと伝わらないかなと思ったので、書くことにしました
嫌いな相手を全否定することの怖さのお話
批判すること自体が悪いのではありません
批判の理由を「相手が悪いから」と考えることが、怖いことなのです
ちなみにこれは、マルチを批判するときに限らず、あらゆることで起きる現象です
次回はそれについてもお話します
嫌いな相手を全否定したくなるもう一つの理由です
自分を正義と錯覚する怖さのお話は
心屋さんの元信者のたこわささんのブログにも書かれていました
https://t.co/1ViUnUvXVR
たこわささんがとてもわかりやすく書かれているので必要ないかもしれませんが、私なりの説明も次回させていただきます
今回の話は、マルチやスピ系のアンチの方には、ちょっと受け入れづらい話かもしれません
私がなぜこのように言うかは、また詳しく説明するので、読んでいただけると幸いです
今日のお話は昨日私が体験したばかりの話です
自己否定しないようにしましょうと普段書いてますが、やっぱりショックなことがあると未だに私も自己否定してしまうのです
ただ、以前よりも早く気持ちを切り替えられたり、酷い自己否定にはならずに済んだり、少しずつ進歩しています
マルチや自己啓発セミナーにハマった過去を全否定しない方がいいもう一つの理由、のお話です
負の部分を認めるといっても、それは自分を「ダメな人間」と思うことでも、「他人に迷惑をかけても良い」と開き直って好き放題することでもありません
次回は、そのことについて詳しく解説します
今日は、楽しいはずの思い出が悲しみに染まったときのお話です
こうすればいいよ!とか解決するよ!というようなものではないのですが、なんとなく、悲しみを抱えている人に寄り添うことができれば嬉しいなと思います
このことを思い出すと、今でも心にチクリと針を刺されるような気持ちになります