ん?ギーはコンスタンディン4世の本名、リュジニャン朝最後の王はレヴォン6世、とウィキペディアではなっているけど、この記述は?
モ帝史のここに出てくるシヒルヴェルディーってスフラワルディー教団とは関係ある?あまりこの辺の関係を理解してないんだけど…
テーマ【聖人・聖地】
13世紀のハンガリー王女聖キンガの逸話です。(ボレスワフがクラクフの大公になったのは、モンゴル軍による破壊のすぐ後です) #世界史創作企画
チンギスの話を一通りさらっておきたかったので、これから漫画を描きます。でも綿密に描いてる暇はないので端折ったり改変したりします。漫画だからと軽く受け止めてください。続きは書いたら順次流しますね。 #忙しい人のためのモ帝史
ややしっとり展開(秘史では仇を討たれたとなっているだけで、テムジン・ウゲの仇とは書いてません)(誤字があったので上げ直し)
#忙しい人のためのモ帝史
ここはフィクションです。しかしトオリルとタイブカ(後のタヤン・カン)は、それぞれ兄弟との対立から、金国に接近した同士で、つながりを持っていたようです。今説明しておかないと時間がないので…なにせ忙しいので
#忙しい人のためのモ帝史