過去のトラウマが今現在の自分にも残っているという話です
なんで父親を結婚式に呼んだのか、について疑問に思われる方もいるかもしれないですが、父にも良いところやお世話になった部分がたくさんあるので、そんな話も後々書いていきます
次回は、小4で父と再会してからの話です
父との話、続きです
書くことが多すぎてすごく長くなってしまっていますが、まだまだ続きがあります
父がなぜこのようになってしまったかも、ちゃんと理由があるので、そのうち書きます
父との話
なんだか暗い話が続いて申し訳ありません
今思うと、父は私の愛情を試そうとしていたのでしょう
父との話、続きです
これと同じ話は、確か以前もしたことがあるので、読んだことがある方もいらっしゃるかもしれません
父との話
うまくいくはずが、なかなかそうはいきません
ここから怒涛の憎悪モード突入です
伯母が悪者に見えるかもしれませんが、このこと以外ではすごく常識人です(だから大丈夫だと思って話してしまった自分が、ただただ馬鹿でした)
父との話 つづき
何だかめっちゃ長くなってしまってます。
父がなぜ私に悪口を言い聞かせたのか、どうして本人の中では「言ってない」ことになってしまったのかは、後々何となく見当がつくようになります。
父との話、番外編
本編とは全く関係のない話ですが、父に対してひたすら我慢して耐えている関係ではないということを説明したくて書きました
娘の寝かしつけで爆睡してこんな時間になりました
今日は、そもそもなぜ人が感情を否定してしまうかの話です
心屋さんの理論は、元々はこの感情を肯定することを目的としていたのかもしれません
それが思考や行動まで肯定する言い方をするから、反社会的に見られるのだと個人的に思います
最近、感情を否定することについての話を書いていましたが、そこで思い出した元友人の話です
なぜこの話が書きたかったかというと、世間一般で言う「毒親」ではなくても、子供が自分の感情を否定したり、自己肯定感が低くなるケースがあるというのが、自分にとってとても衝撃的だったからです