〈神〉の位地にありし創造者が、魔法則について名付けられるままにしている=自分で名付けなかった の、こういう事なのかも知れない。
「創造の喜びを分かち合うには、良い読者が必要」だから。
『ジャンケットバンク』では単純にギャンブラー同士が対決するだけではない。銀行は単なる舞台装置ではなく、各部署・個人が、各々の利益と理想・そして自らもリスクを抱えて、ギャンブラーと二人三脚で勝負に挑む。
基本視点となる銀行員・御手洗 暉 もまた、その胴元たる銀行の一員だ。
銀行が提示するゲームは、ランクが上がっていくほどに痛苦の度合いを高めていく。
上がったランクでギャンブラーが勝てば担当する銀行員にも利益があるのだ。
対して、ギャンブラーがランクを上げる事によるメリットは「一度に大金を賭ける権利」を得る程度、原本割れすれば身売りに片足を突っ込む。
では主役・ギャンブラー、真経津 晨(まふつ しん)はなぜそのようなハイリスクハイリターンの戦いに挑むのか?
“真剣に遊びたいから”。
近寄るべきでない存在、ギャンブラー・真経津 晨に出会いクソデカ感情を抱いてしまったエリート銀行員にして無害なる只人・御手洗 暉。
2人のイカれた死出の道が始まる──。
#今週の胎界主
たまたま検索に出て思ったのだけど、ここの稀男の「魔法則師は球体使いの亜種(球体使いは魔法則師の祖/素)」という認識は『本』に記されていたのか、記述から全体像を自分なりに翻訳した結果なのか気になるな…。
#東郷は魔法則とは異なるクリーンエネルギーなんですよで行く様だが
生体周りのアカーシャ球体は『無意識に』使用されて生命体を防御している、にも関わらず生命体が“運悪く”死ぬのもまた「暴走を畏れて『無意識に』抑制をかけている」という事なのかな。
蓋然性のない絶対死が命を刈り取る時代は太古の昔であったわけだし。