なぜか、を言語化するのは難しいのだが(あるいは簡単なのだが)、村上和彦のマンガを読もうという気がなかなか湧いてこないまま、20年以上が過ぎてしまった。
#さいとうたかを
荒唐無稽な『キン肉マン』。当時のマンガ通は馬鹿にしたが、ちびっ子たち(私含む)は、人生を学んだ。なんの伏線も脈絡もなく導入されまくる新設定。今週おもしろければ来週のことなんか知らん、長台詞をしゃべって辻褄があったことにすれば良いという前向きさ。この作品によって生き方が決まった。
窓からいらないものを捨てる風習って、昔のイギリスとかフランスとかの話として語られがちだけど、昭和時代の日本でも割とそうだったってことかな。いや、むしろ平成や令和でもそんな人はたくさんいるのか?
(画像は拾い物。出典はわかりません。) https://t.co/valOzkHn3x
なぜ昭和時代は、未来の人が全身タイツを装備していると考えがちだったのだろうか。「現在(昭和期)の人とはセンスが異質」=「いかにも未来!」と表現しやすかったということだろうか。
『天』の最終部分(麻雀の天才アカギがアルツハイマー型認知症にかかって自死を選ぶ)を読んだとき、私はまだ若くて、認知症や老化が怖くて仕方なかった。いまでは「じぶんにはADHDがあるから、生まれつき認知症みたいなもんだ」と思っているため、とくに怖いと感じなくなっている。 https://t.co/Ls2m7fH34Y