60年代から活躍した西谷祥子の代表作『マリイ・ルウ』等では、ヒロインの初恋の相手は歳上で憧れの対象でもある男性だ。
だが失恋の経験を通して、身近な同年代の男性に本当の愛を見出だし共に成長しながら育んで行くという帰結は、少女漫画の恋愛観での一つの方向性、新たなフォーマットとなる。
60年代から70年代までの少女漫画で、王子様と呼べる存在の数はとても多く枚挙に暇がない。
顕著な例では、1966年の水野英子の漫画『ハニー・ハニーのすてきな冒険』に登場する怪盗フェニックスが、ヒロインにとって等身以上の存在=神秘的な王子様とも言えるイメージで描かれていた。
戦うヒロインの元祖サファイアの相手役は、隣国の王子であるフランツ・チャーミングだ。
デザインからも分かる美青年の設定と尚且つ精神も高潔であるフランツは、スタンダードな王子様像を見せる。
古典ディズニー映画の王子様では見られなかった、ヒロインに対する"甘い言葉"を囁くのも特徴だろう。
美しいモノを愛でるという観念は、色々と危うい誤解と偏見を抱かれやすい。
最後にそういった危機感を忘れない為にも『烈火の炎』でショタキャラ小金井薫を追いかけ回した、ショタコンオカマ殺人鬼・神威の台詞を訓戒として明示しよう。
自分も含めて、心の神威を解き放たない事を切に願うばかりだ。
アニメ版の場合、"男でありたい女性"というトランスジェンダーの要素が窺えるはるかだが、漫画版では男でも女でもあるという雌雄同体の様な設定だ。
服装も男装女装を自由気ままに使い分け、拘りを持たないジェンダーフリーなスタイルと言える。
ある意味"理想の美少年像"にも近い存在かもしれない。
喧嘩っ早くて助平な土方と、おっとりとした性格の美少年・沖田の友情とロマンスを描いた漫画だが、ちゃんと土方に対するメインのヒロインが存在するのでBL物では無い。
ただ作者の嗜好により軽いBL「ぽさ」はあるので一見の価値アリ
因みに女装を披露するのは、沖田ではなくガタイの良い土方の方だ。
『ヘルシング』の作者、平野耕太もまた、少年に対するフェチズムが垣間見える漫画家だ。
作中に登場する少年形態ウォルターのヒップラインや腰付きの線画描写には、性癖を拗らせし者の所業を強く感じる事が出来る。
少年サンデーのバトル漫画『烈火の炎』に登場する小金井薫は、活発系な少年の魅力がタップリと詰まったキャラクターだ。
少年らしい純真な性格に、子犬の様な愛嬌で可愛さを魅せるというキャラ付けは、一部界隈では人気が高い。
少年誌バトル漫画の中でも、貴重な"癒しポジション"だろう。
柴田亜美女史による『南国少年パプワくん』内での描写も少年愛への拘りが見てとれる。
主人公の一人シンタローは、離れ離れになった美少年な弟コタローを想う度に鼻血を垂れ流す良き兄として描かれる。
続編『PAPUWA』でコタローは、ワガママでSっ気のある魔少年へとグレードアップし魅力を高めた。
井上和郎による少年サンデーの読み切り漫画『葵DESTRUCTION!』に登場するショタキャラ・鮫島葵(38)も衝撃的だった。
強面の息子が実の父親に欲情しかけるという、同性愛と近親相姦ぽい倒錯性愛の二段構えをテーマにしている。
こういう漫画が少年誌で掲載される日本は、とても幸せな国だなぁと思う。
特にインパクトがあったのが「芝田教授の家庭の事情」という回だ。
父親が亡き妻に生き写しである実の息子に欲情してしまうという、同性愛と近親相姦の倒錯性愛二段構えをテーマにしている
詳しい諸事情は不明だが、当初は単行本未収録であった回であり、新装版でようやくお目見え出来たエピソードだ
月刊アフタヌーンで連載されていた植芝理一の漫画『ディスコミュニケーション』は、登場人物達の様々な偏愛やフェチズムを倒錯感満載で描いたアヴァンギャルドな作品だ。
"少年愛"を基礎としたキャラクターも何人か登場し、それらは強い拘りの元に描写される。