10代目利正公。
先代の嫡男が廃嫡となり、先々代(8代目利視公)の子である利正公が継ぎました。飢饉まっただ中。
丸ペンでしか利正公描けないんじゃ無いかって程、線の細い殿。飢饉を駆け抜ける体力もなく、飢饉の被害者と言っても過言ではないと思われます。
34歳の若さで亡くなります。
昨年の殿展、第2部は5代〜10代。
盛岡藩主5代目は、名君名高き重信公を父に持つ行信公。
彼もまた名君と誉れ高きお殿様です。
生類憐みの令まっただ中の殿。昨年のもりおか歴史文化館さんにて当時の殿はどうしたかネタが、性格や時勢、藩政などを表していて面白い。
お部屋を掃除してたら出て来た「幕末維新新聞」
洒落の効いた粋な本を買った自分を褒めたい😍
幕末の出来事を新聞風に報じ、号外、コラム、広告。4コマ漫画もありネタとしても完璧。中身の正確さも完璧。発行年数(西暦・元号)も書いているから分かりやすい。花くまゆうさく氏の漫画最高過ぎる。
盛岡タイムスさんで連載しておりました「ハラさん!」より。
普通選挙を実行しなかった原敬。
そこには考えがあったのですが国民の理解はなかなか得られず…
感情的な「世論」に流されず、責任感を伴う「輿論」を主張する国民と共に変革を行う事が原さんの考えでした。
9代目は利雄(としかつ)公。
長州藩の「そうせい公」同様、「そうしろ」と部下の意見を積極的に取り入れた藩主。しかし、政治を部下任せではなく、しっかり舵取り出来る殿。
前田家の姫と結婚し嫡男をもうけるが、先見の目が有り過ぎて過激な発言に南部存続の危機を抱き断腸の思いで廃嫡させた。
佐藤昌介少年の性格が全く分からず、こんなキャラになっちゃった。
原敬は健次郎。佐藤昌介は謙太郎。
みんな幼名があるのに田中館愛橘はずっと愛橘。
藩主のお子の名前と被らないように…というエピソードがあるのですが原敬の弟も似た話があります。
盛岡藩の慣例なのか藩士の個人的配慮なのか。
江戸時代から続く秋祭り。
8代盛岡藩主・南部利視公が子供の頃、秋祭りの逸話があります。
昔から地元に愛された秋祭り。
3年ぶりの開催、人も土地も活気付くよね。
東北の松下村塾【5】(番外編)
江戸時代、世間を騒がせた相馬大作事件。
1⃣南部家(盛岡藩)と津軽家(弘前藩)不仲の理由
2⃣相馬大作事件
3⃣事件が志士に影響
4⃣明治〜令和の南部家&津軽家
てんこ盛り内容をまさかの3ページに!だいぶ簡略だけど。
現代の南部家と津軽家の仲良しにも注目です。