この三週間のあいだ、自分が文化芸術活動の継続維持のためやったことといえば、公文書作成、賃貸契約、出演交渉、会計処理、日程調整、印章作成、宅配便の受けとりと配送、塗装、清掃、修理、配線、献立、連絡、道案内、ゴミ捨て、可・不燃物の分別作業など、クリエイティヴなことは、なにもしてない。
一回やるごとに寿命が100日ちぢむような「文化芸術事業」を監修するはめになってしまった。ひとはそれを「恐怖劇場」とよぶ。フランス語では「グランギニョル」。日本語では「残酷劇」。「アトミックサイト」もそうだったが、今回もまたそれである。
さいとうたかをの、人となりについては、ちばてつやの漫画「ひねもすのたり日記」に描かれていて、ゴルゴ、ではなく、いっしょにゴルフをしたとき、ちばてつやに「ワシのうしろに立つなよ、ちばちゃん。」と言ったという話に、笑った。
ちょうどいま、大学の授業のガイダンスをやってるところなので、今週の授業では「40%は…運だろう…な…」というゴルゴの世界観を、サンデルの新著「実力も運のうち」を紹介しながら、あらためて再評価する話をしようと思う。
中東のこと、合衆国のこと、南米のこと、サイバー戦争のこと、この半世紀の世界情勢は、だいたい「ゴルゴ13」をよんで学んだ。カタストロフな状況を生きのびる意志と方法は「サバイバル」で学んだ。それはいまも、自分の知となり肉となっている。
「制御不能」で「災害レベル」の「非常事態」に無観客で「開催」するが「学校観戦」はOK、という空想マンガのような狂気と不条理。
文学だけでなく、アートも音楽もダンスも学問もおなじ。はなから「めざせ、楽単。」を公言してる自分の授業の役目は、学生が壊れないようにする、楽で、楽しく、気楽な、息ぬき授業。いまはまだ地獄でも、だいじょうぶ、あとで、わかる。
ということで、地元の自治体でファイザーワクチンのを接種することにきめた。もし何かかあっても、自分でよく考えて、自分で選択したのだから、悔いはない。ゴルゴも、過酷な世界を生きのびるのに必要なのは「才能と努力と臆病さ」そして、あとは「運」だといってる。