【金太郎】足柄山で獣を相手にたくましく育ったが、碓水貞光に力量を見込まれ上洛、以後源頼光の家来として、貞光とともに頼光四天王と呼ばれるほどの活躍をした。…童話から漫画を考えたけど、なんか自信ないので立ち姿追加。
昔描いた、龍造寺隆信の最期。肥前の熊のまんまのイメージが、時代を感じさせる。でもこのページ、個人的にはとても気に入っているのである。
↑帝の不調に頼政が召されたのは、八幡太郎義家の先例に拠るとされるが、このとき源義家は、弓弦を三度鳴らし名乗りをあげただけで、堀河天皇にふりかかった怪異を退散させている。凄い。(平家物語・巻第四・鵺)
【壇ノ浦の戦い】平教経は、京都一の強弓と称された、平家きっての猛将。壇ノ浦の戦いでは義経を襲うが果たせず、もはやこれまでと観念すると、兜と武器を海へ放つや、胴の草摺をもかなぐり捨て、安芸太郎・次郎兄弟を抱えて身を投げ果てた。
【内藤正成】織田信秀の軍勢の夜襲に応戦した時、持参した100本の矢が尽きそうになると、傍らに「怪しき童子」がいたので、矢を持ってくるよう頼むとすぐさま拾ってきた。おかげで死傷200という戦果をあげた。信長が作った武者リストでも、正成は黒点を押されるほど抜群の武功者だったという。
【悪七兵衛景清】上総介忠清の七男・伊藤景清は、勇猛な平家の家人で、屋島の戦いでは源氏方の美尾屋十郎の兜のシコロを素手で引きちぎった「錣引き」で有名。「悪」は目上の親族を討った者にあてられることもあるが、概して「強い、勇猛」の意。
【隠岐(真弓)広有】建武元年、紫宸殿の上から「いつまで、いつまで」という声がする怪事件が起き、弓の達者の隠岐広有が選ばれ見事に退治した。落ちてきたのは、足の爪は剣のように鋭く、羽を広げると一丈六尺という怪鳥「以津真天」だった。この功により後醍醐天皇から「真弓」の姓を賜ったという。