私も中学生のときは、計算用紙にマンガを描いていました。貸本向け劇画の真似をすろときでしたが。雑誌向け(のつもり)は、全紙で買った上質紙を8等分に切ったものを使っていました。
計算用紙は3段が、全紙8等分の方は4段が基本でした。 https://t.co/fXG5fVQbPg
これもネーム原作を担当しました。「小説の〈視点〉」を知らずにラノベを書こうとしている方、必読です! 絶版ですが(;_;)。電子書籍にしてください、版元さま!→『マンガでわかる小説入門』(ダイヤモンド社) https://t.co/qpeFnHyrfr @amazonより
『ゲームセンターあらし』に曲独楽之助が出てくるのは、第13巻の「炎の竜が奇跡をよんだ!!」の回です。Amazon Kindleをはじめとする電子書籍で入手可能ですので、よろしければ、お読みになってみてください。… https://t.co/J38mU5IQk8 https://t.co/lKFlFq2Kk1
ボツになったマンガのネーム〈2〉(2/2)
スマホを持つのは遅かったんです。いつもノートパソコンを持ち歩いていて、メールの確認もそちらですませていたので。
スマホやケータイは(情報の)受信機。
パソコンは(情報の)送信機。
.@Hishikura_Kouji 「ホームセンターあらし」は、こんなマンガでした。ネーム(下絵)ですみません。
B-29ではありませんが、エディ・リッケンバッカーという第一次世界大戦時にヨーロッパ戦線で活躍し、撃墜王と称された有名なパイロットが、太平洋戦争中、操縦していたB-17が南太平洋に不時着水して行方不明になり、数週間後に生還した例について、救命いかだの使用例として尋ねてみました。
@toshiriderultra その後、江波じょうじ先生や西谷祥子先生のアシスタントとして零戦を描き、フランスの航空戦記BD作家ロマン・ユゴーさんのライブペイントを見ながら零戦をラクガキし、現在、「艦これ」雑誌で航空アクションマンガを連載しています。このスタートが60年前の松本先生のマンガだったのです。
ボツになったマンガのネーム〈3〉(2/2)
最後です。P4の欄外に解像度が「100dpiでした」と書いてありますが、これは「200×100dpi」の誤りでした。ちなみにファインモードですと「200×200dpi」でした。