お仕事尾張守。このところ、「本気でやるな、だが見抜かれない程度には本格的にやれ」というダブルバインドな指令が、お偉いさんの玩具(クソと読む)案件に対し課されててゲンナリしている。
久々のFGOガチャだったんですが、あまりの虚無感に打ちひしがれる。
「人の心とかないんか?」
「そんなものはない」
ただ、これは「政治の論理」です。漫画版の様に族長代理として風の谷を代表して従軍する漫画版ナウシカならともかく、映画版のナウシカがこの言葉を口にするのは、ここ迄の話の流れ的にも違和感があります。
更には、「戦友としての忠告なら聞く」と一応を釘さしつつ捕虜釈放を快諾する姿であったり。そうした姿をナウシカ自身が具に見聞きしてきたからこそ、クシャナが本質的には人の死に傷つき悼む、優しい心のある人物だと見抜き信頼したのではないか。
いやはや人間足元が大事ですね。明日からも現場で頑張ろう…(まぁ元からそんな出世できる見込み無いんですが)
今日に至るまで失政への反省が全くない民主党政権について、「十年前のことをぐちぐちと」だの「永遠の反省を求めるな」だの逆ギレした挙句ジミンガーする皆さんへ。せめてこっちが票を運ぼうかと思うレート(政策公約)くらい提案できないんですか?
午後はお休みいたどいて歯医者へ。何度来ても慣れませんが、心の中のナムリス様に励まされて(寧ろ煽られて?)行ってまいりました。
本論はこんなところですが、少し補足すると「封印」には濃淡があったと思われます。即ち、先帝=ミラルパらの父はヒドラ利用等を禁じる一種の「封印」を行っていましたが、自身の延命措置は墓所の力を借り行っていました。その点では封印=完全な関係断絶ではなかったと言えます。
しかし考えてみれば「遍く民衆を救済するために目配せする」と「遍く民衆を監視し善導する」は紙一重。結局は根底に自愛があるか、慈愛に疲弊した果ての不信があるかだけの違いですから。愛の反対は憎悪ではなく無関心、だからこそナムリスには弟の懊悩は滑稽にしか見えなかったかもしれません。