そこで実際の罹患者に注目すると、作中ではジル、ミト、映画ではゴルが挙げられ、また最初に症状が出るのが「手」であり、最終的に全身が動かなくなるようです(映画編のナウシカの言が正しければ、ジルも一年半前にユパと別れる前までは「飛べた」ようです。)
【補遺】蟲使いとヒドラ使いはどちらも「チッチッ」という音で相手を操ります。因みに腐海の他の蟲達も光と音に敏感で、蟲笛や光弾が護身用に使われます。こうした「類似性」は彼等が共通の祖先ー旧世界末期の生命工学の産物ーを持つことを示しているのかもしれません。
#ナウシカ
また別な形でもこの「コンプレックス」は示されます。それが蟲使い達の「森の人」への畏怖です。「森の人」は蟲使いと違い、外界に頼ることなく、腐海の中で自活しています。もっともその暮らし方は火を捨て、蟲の皮を纏い、蟲の卵を食するという極めつけの禁欲(?)生活で、そう容易く真似できません。
東京五輪2020との奇妙な符合が有名なAKIRAですが、劇場版にはまた最近の、目的を全く見失いつつある某国暴動についても実に示唆的な場面があります。暴徒に祭り上げられた鉄雄いわく「あいつらはぶっ壊してくれる奴なら誰でもよかったんだ」…これが神作か…
しかもそれらは様々なバリエーションがあります。「裁定者」巨神兵然り、庭園の「不死の番犬」牧人ヒドラ然り、「浄化の神」墓所然りです。しかし、人間以上の知性体がぽこじゃか量産される社会とは、またそこでの人間への眼差しはどうなるのでしょうか?
このコンプレックスが裏返る形で示されるのが土鬼大海嘯後の世界です。定住世界=土鬼が腐海に沈むや、彼等は我が物顔でそこに「定住」し、チヤルカはじめ土鬼人に対して一転して冷たい視線と言葉ー彼等が今まで受けてきたようなーをぶつけます。ここはもう我らの世界だ、と。
colabo問題で議会への答弁対応に頭を抱える東京都、多分こんな感じ。アキラをあの団体に、総裁を知事に変えるとまあそのまんまですね。
即ち、ナウシカが墓所の計画を否定・破壊することで、十中八九人類は浄化世界に適合できず、腐海とともに滅びることになります(人類の汚染耐性も腐海による浄化も人工であり、浄化適合も人工で行わねば間に合わない)。
勿論、蟲使いや「森の人」は瘴気マスクを常用し、通風・浄気機構も優れたものを保持していますが、逆にその程度で「石化の病」を克服できるならば、腐海「外」での疾病対策ももう少しマシになりそうなものです。
王蟲の大群が胞子を撒き散らしながら人界たる都市・村落に驀進する…土鬼の場合を見るまでもなく、そうなれば王蟲の目が攻撃色であろうとなかろうと、人間社会側は壊滅的な被害を受けるであろうことは想像に難くありません。