まぁ「いだてん」関連のアレコレを見て思ったのは、「視聴率が低いのは悪い作品だ。みんながそう言っているのだ!」と「私は見ている、私はおもしろいと思った」で、「みんな」と「私」のぶつかり合いじゃ、平行線維なるよなぁという話でござんす。
まぁでもな、実際に「みんなと違う私、かっこいい」で、逆張りするサブカリストな人もいるのは確かでな、十なん年前だが、とある関係で、純分的な哲学系演劇を観に行ったんだが、まったく欠片もおもしろくなくてなぁ。
ただその時一緒に行ったサブカリストな友人が「あの意味がわからないのがお前のレベルが低いからだ」って言われて、「んだコラテメェ」となった。ただ彼もまたなにがおもしろいかわかっておらず、「アレがおもしろくないのは私のせいだ」みたいに言ってて、それ違うくね?とも思った。
要は主体性の問題なんだろうとも思う。「みんなが言っている」からおもしろいと言う人と、「自分はそう感じた」からおもしろいと言う人。ただ、「世界で自分一人だけでも、この感想を変える気はない」とまで思わせてくれる作品は、それはそれで尊いし、その出会いは幸福だと思うのだ。
ちなみに美神さん、土方歳三に協力して、新選組に仮入団し、妖怪退治をしたこともある。ただし、「映画」の世界の話なので、厳密には歴史上の人物とは異なる。
昨今、閉塞感漂うご時世のせいか、差別化を図ろうと「史上初!」「稀に見る!」「前代未聞!」「今までの◯◯◯とは違う!」的なキャッチコピーが目につくが、もうそればっかになっちゃったんで、逆にマンネリ化したとこあるよなぁと思う時がある。
「顔もよく性格もよく、人の幸せを喜べる人たちはあんな輝いて幸せそうで充実しているっぽいのに、それに比べて私は何だと、劣等感を覚え始めてきた。最近、憎しみを感じ始めている」
とまで言い始めていて、「クラックス・ドゥガチか!?」と隣で聞いててツッコミたくて仕方なかった。
まぁ時代と言われればそれだけなんだが、作り手が当たり前のように「ストレスフリー」と言っちゃう世の中なんで、なかなか心にぶっこむような作品は世に出しづらくなっているんだろうね。