内山まもるのウルトラマンの何が素晴らしいかと言えば、人体への深い理解がそのままウルトラマンへの理解へと繋がっていることだろう。ウルトラマンの極限まで簡略化された造形の根底には、彫刻家である成田亨の深い人体構造への理解があり、それは多くの場合見落とされてしまうものなのだ。
(まさかとは思いますが、あなたはUBIソフトに担がれていて、毎回アサシンクリードを一晩かけて50ギガダウンロードするだけで永久に遊べないのではないでしょうか)
これも書いとくけどゾフィーの失墜って多分ビデオの普及以降、ひょっとするとネットの普及以降だぞ。見直すには再放送しかない時代、公式発表の「ウルトラ兄弟の長兄にして最強」みたいなイメージしかなかったから、俯瞰すると意外とヘボいとかわからなかった。たまにツッコむマニアがいたくらいだ。
①元々は上泉信綱の逸話である。幼児を人質にした強盗を捕らえるため近くにいた僧に袈裟を借り、頭を丸め変装した。②「七人の侍」で黒澤明が逸話を元に映像化した③ゆでたまごがキン肉マンで換骨奪胎を試み、マスクかぶった超人が袈裟の代わりに黒ペンキ染めの服を着た牧師とした。②→③の異次元感。
ここらへん、オレの科学に対するスタンスについて、多分往年の「ナニワ金融道」青木雄二先生が口を開けば「マルクスは~」と言っていた(らしい)のと同様のイメージを抱かれるのではと予想する。八紘一宇、脱亜入欧、皆何かに殉じようとして、しかも30年もすればどれも皆しょーもないのである。