もう1作品見つけました。つねやまたかし「帰って来た男」(トップパンチ1972年1月増刊号掲載)です。劇画調の絵柄になってます。これがまたいい作品で、長谷川伸作品のような任侠ロマンものですね。子供の描き方が面白いです。
@TsuneyamaPuro @ikkyujapan 常山孝先生の作品をようやく読むことができました。つねやまたかし「きちがい」(バニー昭和47年1月号掲載)です。これがまた面白くて劇画誌好きながら今まで常山孝先生を認識できていなかったことに恥じ入るばかりです。
昭和33~5年頃のつばめ出版の怪談や十字路などの貸本誌に短編を描いていた池三平という作家がいて、この人はコマぶち抜きを多用した凝ったコマ使いや乱れのない線で雰囲気のある描写をしているところが特徴的で好きな作家だけれど話が全く面白くないところが残念なところ。
漫画アクション昭和43年8月10日号 小島剛夕「おぼろ十忍帖」。小島剛夕はこの時期までカムイ伝の絵を描いていたのでカムイ伝風。主人公のくノ一の名前「おぼろ」は山田風太郎「甲賀忍法帖」のヒロインと同じ。画像3枚目貸本作品「紅ばらの里」(昭和39年)などで既に登場している。
漫画アクション昭和43年8月10日創刊号の掲載作品を見ると女性キャラ作品を重視しているのが先行していた芳文社コミックmagazine誌との大きな違い。清水文人がモンキー・パンチに対して女性の描き方を口うるさく言っていたのも、ピンキー路線を強化した誌面作りを目指していたからだろう。
石森章太郎「超特急記者ハト子ちゃん」の主人公は仕事のためなら体を投げ出すこともいとわない設定で、この時期としてはどぎつい性的描写がある。この連載終わりあたりに永井豪がアシスタントとして入ってくる。この時期からの石森のピンキー路線化が永井豪に少なからず影響を与えたと思う。
双葉社オール娯楽昭和40年4月~連載 石森章太郎「超特急記者ハト子ちゃん」。読物誌だが漫画部分は清水文人が関わっていたと推測。清水文人はモンキー・パンチのプレイボーイ入門を見て「女がまるきり描けていない」と言ったらしいがこの作品を念頭においていたのではないかと思う。
コミックmagazine昭和42年2月号樹下太郎/臼杵三郎(あすなひろし)「殺してごめんなさい」。出世のため歌手志望の女と手を切ろうと歌詞と偽り遺書と毒入ジュースを用意するが紙を飲み込まれる。この人はコミカルな女性を描くのがうまい。
漫画パック昭和43年5月12日号小日向一夢(木俣清史)「まぼろしの美女」。蔦屋に美人画の行き詰りを懸念された歌麿が「歌満くら」の毛深いむくつけ男の手籠め図を描きあげるまでの過程を想像した内容が面白い。漫画OKの菊川英昌も恐らく変名。
霧多永二(むたえいじ)「風と奔流」一晃社昭和36年頃刊。このペンネームと出版社からしてモンキー・パンチで間違いないはず。まんだらけZENBUのインタビューで語っていた通り白土三平の影響が大きく見られる。
別冊漫画ストーリー昭和42年8月号八州一彦「霧の中のサラリーマン」。出張先の町のバーで地作りのウィスキーを飲んで異世界をさまよう話。この最後の終わり方が素晴らしい。3作品しか残していないようなのが惜しまれる。