(3/4)
「監物は袴を穿いて現れ、おれに挨拶した。お互い初めての名乗りをして、いろいろ信心の話をしてから、中村多仲がおれの所に来ると言って、そのうえで、
『お前さんが多仲の仲間ということは早くから聞いていたが、おれが忙しくて訪ねられなかった』
と、もっともらしく言った。」
(2/4)
「それから、村方のこれまであれこれと敵対した者へそれぞれ咎を言いつけ、水呑百姓の身分に落として、江雪斎の頃からの古百姓には役儀を言いつけ、今回金を出した者には皆、名字を名乗ることを許した。代官には、一年に九斗ばかり収穫が見込める荒地と屋敷を遣わした。」
#はやおき訳
(4/4)
「岡野の縁者が丈助と話し合ったが、孫一郎側の証拠が失われたから、丈助が要求する金額が、水増しだと言うこともできない。
そうこうするうちに、丈助が、ご老中の太田備後守殿に駕籠訴をした。」
(4/4)
「一度、伝蔵という借馬引きの馬を借りて、隅田川へ乗りに行った。土手を思いきり駆け回ったが、どこかの拍子で力革が切れて、鐙を片方川に落とした。そのまま、片鐙で帰ったことがある。」
(3/4)
「『小吉は要らぬ世話を焼く。宮川のことで、伯父に大勢の前で恥をかかせおった。これからはおれが相手だ。さあ小吉、表へ出ろ』
大竹は、御紋服を着ているくせに、鉢巻に片肌脱ぎという有り様だった。それでおれの真向かいに立ってジタバタしているから、おれも言い返してやった。」
(2/4)
※毎日おれが暴れたものだから、近所の者が、
『最近岡野様に越してきた剣術使いは、子を犬に食われておかしくなった』
と言いおったくらいだった。」
#はやおき訳
(4/4)
「地主の土地には借家が九軒あったが、誰も土地代も家賃もろくに払わないから、皆叩き出して、おれの友達を呼んで代わりに住まわせた。その後は支払いが滞ることもなくなったから、地主も喜んで、『やれやれ』と言っていたよ。」
(4/4)
※このくだりはフィクション演出です(柳亭種彦さんと勝小吉が親しかったという勝海舟由来の情報より)。
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「小林は、
『ごもっとも。一言もござりませぬ』
と言いおったが、それから、おれを闇討ちにしようと付け狙うようになった。」
(4/4)
「それから、(海舟)先生はだんだんと返済していき、ついに全額を払い終え、義務を果たされたということだ。」