9月23日の手品史。
・1909年9月23日、デンマークはコペンハーゲンで日本人手品師セトが植瓜術を演じる
・1916年9月23日、女流手品師の松旭斎天勝が韓国の釜山座でテンペストを披露
・1933年9月23日はブラジルはサンパウロの手品師 福岡天一がトラブルを起こし訴えられる
#手品史 #magichistory 
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    歴史関係の書籍で「北条政子」という名称は1930年代から用いられたとのことだけど、一般向け書籍?では早くから浸透していたということだろうか。
「北條政子」を立項する歴史及地理講習会『日本歴史辞典』1901年、吉田正雄『小学全科字典 下巻』1894年。 
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    神戸の湊川神社、ようやく行くことができた。文献によれば「青木某」による奇術道具販売業の発祥の地。
その青木某、なんと後に南米に渡って「天一」を名乗り、ブラジル人や日本移民相手に興行していた。さらに詐欺紛いの事件を起こして急逝するという波瀾万丈の人生で、非常に興味深い人物である。 
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    松旭斎天勝が1939年に一度限りの舞台復帰したとき、相弟子の松旭斎天洋が新聞に寄せた文章を見つけた。
天洋は水芸を松旭斎のお家芸と自負しており、「他の奇術屋さん」がやる「たゞ水が出たり消えたりする」のは芸術でなく「まねこと」だと断じているのが興味深い。
#magichistory #手品史 
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    「千里眼事件」で知られる心理学者の福来友吉(1869-1952)が、奇術師の地天斎貞一(角界上がりで得意技はメリケンハット)との交流を明かしている。
心理学者だと野上俊夫もミスディレクションについて自著で触れていて、このあたりのネタ元や人脈も調査テーマとするところ。
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    1932年の『朝日年鑑』に、吉本興業系の寄席でも活躍した奇術師「木村マリニー」の名前を見つけた。映画監督の木村荘十二の実兄。
この頃はセミリタイヤして写真館を経営していたようで、写真の腕前は「大阪有名芸術写真館」に挙げられるほどらしい。
https://t.co/Biud8ihg9G
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    西洋奇術の旭マンマロ、中村一徳の登場する滑稽本を見つけた。関由蔵『地口絵本』1886年。「地口」というのは言葉遊び(洒落)。
歌舞伎や浄瑠璃関係から取り上げられる中、奇術師ではこの二人だけ掲載。松旭斎天一や帰天斎正一が台頭する直前のこと。https://t.co/NbHJ25f4KA
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    福岡天一や名古屋天一、南勝、鎌村といったマジシャンが南米で活躍し、現地社会に少なくない足跡を残している。
彼らについてはサーカス学会の機関誌に「奇術師・福岡天一の足跡(南米ブラジルにおける「日本人移民」奇術師)」として第一報を書いたので、興味がある方はぜひに……。 
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    1932年にブラジル・サンパウロに現れた日本人奇術師・福岡天一。
かなり大掛かりなマジックを披露して巡業していたのだが、実は日本国内におけるマジック道具販売業の先駆けでもある。
南米の日本人奇術史というのは非常に魅力的で、個性豊かなマジシャンが多く登場する。
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    二代目の松旭斎天一(天二)は1921年に流行性感冒(スペイン風邪)で急逝するが、一座はすぐに解散するのではなく妻・天栄が継いで各地を巡った。
「天一家元松旭斎宗家」を掲げるあたり、天勝を強烈に意識していたことが窺える。記事は1922年だが30年代には解散している。
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    「転職50回以上50人近い夫と120人以上の交際相手を持ち、日本列島、中国大陸、台湾、朝鮮半島、東南アジアに神出鬼没、明治・大正・昭和を駆け抜けた毛断(モダン)ガールの本家本元」たる本荘幽蘭が、咸興(現・北朝鮮)で活動写真弁士デビューした記事が載っていた。 
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    1939〜42年、漫才師たちが連日出演する朝日座の様子。
マチガヒ漫才の若松家美代子・松定夫、立體漫才のリーガル千太・萬吉、レビュー漫才の井上チエ子・一條キイチ、ジャズ漫才の川畑米子・英主水など、ジャンルは何でもあり。千鳥家力丸は永田キングの師匠筋とのこと。