感じ方が変わっているかなと思い、『天才バカボン』を読んでみることにした。さいわいに分厚い2冊の傑作選が出ている。読んでみて、どのあたりが苦手だったか思いだした。おもしろさの押し売りになっているというか、「ここまでやってるんだから笑え」という自慢に感じられる作風なのだ。
『「ほどよく」なんて生きられない――宗教2世、発達障害、愛着障害、依存症、セックス、創作活動をめぐる対話』(明石書店)。
プロローグの一部が公開されました。菊池真理子さんの描く私、ビールジョッキの使い方がつくづく優雅ですね。
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直野祥子『毛糸のズボン──直野祥子トラウマ少女漫画全集』(ちくま文庫)。私はレトロな少女マンガや怪奇マンガに詳しいと自負しているので、この作者の絵柄や作風の孤立性に驚いた。併録された「自作解説」で、少しその謎が解けたにせよ。斎藤真理子さんや頭木弘樹さんが関係者なのも驚きのひとつ。
「性能」という字をじっと見ていると、一種のゲシュタルト崩壊が起こって、セクシュアルな意味の単語のような錯覚がしてくる。【用例】「モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを教えてやる!」(シャア・アズナブル)「貴様が勝ったのではない。そのモビルスーツの性能の
主人公の母親、狂気の描き方が「昔ながらのベタな狂人」なわけだが(主人公が遺伝を恐れており、統合失調症が念頭に置かれていると思われる。実際には精神疾患はそうでなくても遺伝しやすいけど)、表現の自主規制によって狂気が描かれにくくなった現在は、べつの意味で問題があるのだろうか?
ブライアン・デ・パルマ監督『キャリー』(1976年)を観た。名作! スティーヴン・キング原作。同監督の様式美を長年熱愛してきたのだが、本作は怖そうなので避けてしまっていた。なによりも狂信的な(性に関する潔癖主義の)母親が怖すぎるし嫌すぎる。「イヤボーンの法則』(『サルまん』)の起源。
母は解離性同一性障害を患っていてカルト宗教信者だった、父は統合失調症を病んで餓死したと設定されていて、主人公にも遺伝的/遺産的にその困難が訪れる。
基本的におもしろく観たものの、「世間では発狂とかカルト信仰とかいうのが非常に怖い要素なんだな」という冷めた感慨もある。現在の私は
Netflixで『PLUTO』全8話を観た。『鉄人28号』をオマージュした『AKIRA』に似て、『鉄腕アトム』をオマージュした本作は、物語のスケールが大きかった。
浦沢直樹のマンガ、私はYAWARA!』が好きだったものの、『MONSTER』のようなシリアス系に関して、