1979年、連載予定で進めていた原稿が突然にボツになり、あわてて各社の編集者に営業の電話をかけて、いろいろ仕事をいただきました。これも、とのときの仕事のひとつ。もう『ゲームセンターあらし』も描いていた頃で、アシスタントも数人かかえていたので、こんな仕事もありがたく、また楽しんでやらせ… https://t.co/x9TIUqF8Vb
昔のゲーム業界の例(1/2)
『こんにちはマイコン2』より。
ナムコの遠藤雅伸氏(当時)に取材でご協力いただきました。
https://t.co/R8y0hFQrNd https://t.co/MLhGf0SkVa
「ターボ」は日本語では「過給器」です。当初は形状から「蝸牛器」となるはずだったのに、これではノロそうだということで「過給器」になりました。いま思いついた出まかせなので、信じないでください(^_^;)。
図は『マシン刑事999』(すがやみつる)より。 https://t.co/tN0qd5KHHr
『プラモ少年キット』ですね。「小学一年生」で3年くらい続きましたが、最初の頃はメカデザインを出渕裕さんにお願いしていました。画像は後期のものです。 https://t.co/0ZeDQJwegH
実在しました。
どんなものだったかは、こちらのマンガで、ご確認ください(^_^)。
https://t.co/4IkAWXAUYo https://t.co/4qCboGn45m
そんなこんなで石津さんが豊田さんと会うときには、「お前も来い」と呼んでくれたり、毎年、年末になると豊田邸で開かれるキムチパーティーに参加したり。キムチパーティーは、奥さんの久子さんが漬けたキムチをサカナに、作家やマンガ家、編集者などが大勢集まる恒例のホームパーティーでした。… https://t.co/FZd4v4C8Hn
『こんにちはマイコン』の足し算ゲームは、こんなのでした(^_^)。これはPC-6001版ですが(現在、発売中の電子書籍版より)。 https://t.co/6L0EFhmtJx
ご連絡をありがとうございます。確認したところ、たしかにP107~108が抜けておりました。私もファイルを確認していましたが、見逃してしまったようです。申し訳ありません。担当者に連絡しましたが、修正には時間がかかると思います。とりあえず抜けたページは、こちらになりますので、ご確認ください… https://t.co/oxLJpP6IIM https://t.co/cdOXOo7Hey
実は『がんばれ!! ロボコン』のコミカライズも、たくさん描いていたんですよ。「テレビランド」と「小学三年生」で。「テレラン」連載版は、かなり、お下品でした(^_^;)。