明治時代の『図印集』は、昭和に国書刊行会から復刻影印本が出て、印をみやすく描きなおした『図印大鑑』がおなじ国書刊行会から出版されています。
八幡書店のは、著作権の切れた印図集をCGにしたものですね。
みやすいのが図印大鑑で、わかりやすいのが八幡書店版図印集…かな。 https://t.co/8JHIBOpPsC
天体観測や和算をオカルトとして見るなら、
それは神の御業、
宇宙の運行の深秘、
世界の理という神秘を、
人が観測し解体し読み解く行為であると。
神秘は神秘側に属する存在にしか観測/理解できない、
とするなら、
陰陽師の『陰陽道の実践』は、それ自体が『オカルト実践』であると思ったり。
>RT
民間には青面金剛尊と三宝荒神尊を対で祀るとよいという伝があって、どちらも三尸封じのご利益があると。
別の伝では、
不動明王尊を青面金剛として、
愛染明王尊を三宝荒神として対で祀ると、
厄が祓われるとも言います。
まぁ、拝み屋さんの話なので、話半分で。
ちゃんと宗教を学び、実践してきた自分は、出来のよい信者さん信徒さんをあいてにするべきで、
宗教をちゃんと学ばないで、宗教的存在に憧れて、その慈悲慈愛に過度の期待をもって拗れたバカの面倒と育成を、何でやらなきゃいけないのですかといわれたら、返す言葉もないですけど。 https://t.co/ZdzJXWazOL
初期のオカルト系漫画、
『カルラ舞う/永久保貴一著』や
『孔雀王/荻野真著』は、
退魔や除霊においては『気』をもちいているけど、
宗教的な儀式においてはキチンと祭壇を描いていると。
陰陽道/陰陽師関連で、歴史とか占術とか自分の得意なジャンルでは饒舌な人でも、
陰陽道を現代日本においても実際につかえるモノとして語れるかというと、
新たに学ばないといけないものが多すぎて
『明治政府に潰された、過去のモノ』として、
物言わぬ死体から自分のわかるものだけ抜き出し(ry
別に問題おこしたスピのフォローとかしなくてもいいし、むしろ正論理詰めで一緒に批判した方がアピールとしてはいいのだろうけど、
そも実践オカルトとか拝み屋とかは、正統なルートから外れているので、
知識も技術も道具も土地も、正統派が独占すべきだという意見が盛り上がると、
こちらも困る。
好ましくないと思うのですよ。
正しさ云々を善意で押し付けてくるなら、逃げれる人は逃げるし、解体できる集まりは解体されるハメになるけど。
みんなしらけて
『あなた、コミュニケーション・ツールを本気で信じてるの?』
と言わざるをえない状況になるのは、よろしくないなぁと思ったり。
責任のともなう地位にあるまっとうな陰陽道史の研究者さんたちは自称陰陽師とか現代陰陽道の批判とかしてなくて、
在野の発言に責任の無い自称研究者さんが正しい陰陽道とは!といっているのは、
世俗での陰陽道ブームで自分がイニシアチブを取れないから、面白くなくて嫌がらせをしてる気がしますね。 https://t.co/BqH46vUuY7
『スピリチュアルの人は龍神が好きだけど、麒麟や鳳凰とはあわないのか』
というスピへの皮肉が、
実は
『麒麟や鳳凰が出現するほどの徳が今の政治家にはない』
という政治批判であることに気づき、
その危険な知性におののいている。