こういう情勢だから旧ソ連やロシア、周辺の国々について思いを巡らす事が少なからず。20年前ソウル永洞浦のキャバレー金馬車で見たポンチャックを歌う出稼ぎロシア人ポンチャッカーがふと浮かぶ。レパートリーは増えたのか?転職したか?
どうあれ何とも言えぬ物があった
驚く程盛況の「蛭子能収最後の展覧会」展は鑑賞でありその賑わいは観光でもあるかのようにも見えたり…
会期は後半へ。
20(水)
21(木)
22(金)
27(水)
28(木)
29(金)
30(土曜最終日)
11時~13時 14時~19時
※13-14の間は休憩時間になります。
※入場無料
@ANPublishing
安田謙一さんより「柴田勲(巨人軍V9選手)が自作詞した多摩川ブルース(2軍ブルース)を4年前本人歌唱で自主制作してたことを教えて頂きました。
意外と野球音盤ファンも知らない方が多かった。
話飛躍、当時伊東ゆかりが柴田と結婚してたら佐川さんの親戚になる事はなかった(余談🙏)
自殺される方が多いときく。この漫画、キャラは村田を充ててるが幼馴染シロヒ君をまんま描いた。小2の時。還付金10円でアイスを買おうと誘ったのが俺。シロヒ君こんなんだから成人後もなかなか人生ままならず不惑の頃自分から亡くなった。
最近萌え過上の猫娘や今風に過ぎ遂に水木感0のアニメ鬼太郎の絵をよく目にするが昭和40年代鬼太郎はじめ水木しげるは絵が苦手と拒絶しクラスで3~4人の男子しか受け付けなかった。自分の友人となれる基準は水木さんの絵が可か不可かにあったから友人は限られた。
「生きる」(増強版)に「金閣寺」が出てると人伝にきいて探したら出ていました。(自分で描いといてナンですが)蟻を助けて神様がご褒美に裏本百冊毎日贈ってくる話。
akionagasawa青山は月火水休み、木金土曜に開廊。お待ちしてます
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これは私が40代の頃に描いた漫画ですが60代に入った今70代に対するこういう見方には偏向ありと感じます。多様性についてよく言われますが「老い」は多様性の宝庫で一色単になどとても出来ないと今、同年代はもとより諸先輩方を間近に見て実感する次第です。
昔、8時だよ全員集合全盛期、少年ジャンプに榎本有也という方の作画で漫画ドリフターズという連載がありました。それを念頭に〈絵ネモトタカシ〉の筆名で30年くらい前に純情エンジェルというエロ本に描いたと思しき漫画のコピーが1枚だけ出て来ました
根本敬が小学生の頃に描いた240頁の漫画単行本『こじきびんぼうたい』を50余年後にガロ デビュー40年記念としてワザワザ丸ごと1冊A5サイズで復刻しました。
¥4999
限定150部
ポストカード付き。
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blast(ヒップホップ専門誌)の連載「黒鮨」も二千年代に差し掛かるといよいよ何の連載か分からなくなってくる。これはまだマシな方で「特集裸のラリーズ」みたいなヤツに至ってはヒップホップ専門誌読者にとって受け入れられる余地は少なくとも当時は皆無と言っていい