ゲーム業界で優秀なデザイナーが大勢居るメーカーの印象として、1990年代~2000年代はカプコンとSNK。というのが一般的なイメージだと思うのですが、1980年代は間違いなくナムコでした。その中心的役割を担ったのが冨士宏さんと言えます。圧倒的な画力とセンスで多くのゲームファンを魅了しました。✨
特に頭的存在の山下氏はパックマンを描いた事で知られます。冨士さんが入社した1982年の同期にはマッピーやドラゴンバスターの多賀千鶴氏、源平討魔伝や龍馬くんを描いた穴田悟氏が居るなど、個性的なデザイナーの入社に枚挙に暇がありません。こうした豊かな土壌があってワルキューレは誕生しました。
一番印象深いサンタクロースを思い出し、急遽取り込んだPCエンジン通信掲載のサイバー佐藤の『秘密結社なると帝国』。悪い子にもプレゼントをくれる、なると帝国のサンタクロース。炎に包まれる、なると帝国のサンタクロース。読後感に切ない余韻を残し大好きだった。愛だな愛。ECペンギン欲しい。👋🎅
横山光輝の三国志がebookjapan(@ebookjapan)にて3/31まで1~59巻無料との報につい誘われる。とにかく描線が美しい。大昔に読んで今見返すと有名コラの元ネタや数々のコマはオリジナルから痛快。そして、曹操が出てくると“推しカプ”という新単語が頭をよぎる様になってしまったのは何故なんだぜ。🔥
ゼビウスの総攻撃映像、大別すると「ゼビウス星への入口?」という人と「魔の二千機攻撃?」というファミコンロッキー世代に分かれているのが興味深い。何という分水嶺!私は世代はロッキーなんだけど、ゲーマーお兄さん達から様々な噂話を見聞きしてきたから前者のフラグが立った。宇宙面を見てみたい!
会場はアニメファンよりゲームファンの熱気が溢れログイン1983年11月号に詳報された。マニア間で話題になっていた、犬・ファントムについて書かれている。タランチュラ・小型アンドアジェネシス・敵の惑星ゼビウス。この少年とは田尻さんだが、どうもこれは必ずしも質疑を活写したものではないらしい。
息子が作中にゲームボーイを貰うエピソード(33話)があって、その頃のマンガなんだ!と思う。ということは、浩司が大体同じ年頃の奴なのだと親近感が湧く。今の価値観の視座だと少々粗いけれども、当時の社会問題や世相を反映しているエピソードが多く、そのどれもが皮肉たっぷりに描かれていて苦い。
発売日情報の出典も(亙さんの)示されているけど、これはテスト導入であったり、先行入荷データでしょう。それを発売日のソースとして使って良いのだろうか?当時の慌しい様子は業界誌を見れば一目瞭然で、一番最初にインフォメーションを伝えたのはコインジャーナル1995年12月号(11月発売)である。
岸大武郎先生のデビュー作『水平線にとどくまで』を小学生の時に読んで薫陶を受けた。「男はな、未来を目指すんだぞ。どんなに過去が素晴らしくてもな、やっぱり未来を選ばなきゃいけないんだ」という台詞です。
まぁ如何にビデオゲーム史を精緻に残すか取り組んでいる私が言うのもアレなんですが。😅
ゲームの世界に入って戦う開祖は『ゲームセンターあらし』で、その血脈はコロコロ&ボンボンに枚挙に暇がないけれど、ファミコン通信1994年1月7/14日号から連載を断続的に開始した『ゲームセンターいがらし』は最高だった。ツボを抑えた構成とギャグ。オイラは多感な中学生であったから大ウケでした。🤣
水木しげるは『コミック昭和史』で矢口高雄が水木プロを尋ねた日のことを、秋田から決死の覚悟で上京してきた元銀行員の漫画家志望者と描いているけれど、矢口先生は自伝漫画『9で割れ!!』の中で、水木先生の全くの記憶違いと実際を描かれています。水木先生は何でもオーバーに描いてしまうのですね。 https://t.co/jvzJ6e9flh