一見デタラメに見える内容だけど、ことスケボーの運動動作とメイド服の描き込みに関しては作者さんの長年の観察の賜物だと分かるところが良い(重心移動の表現がとても説得力がある)
豊富なイマジネーションで描かれたものも良いけど、こういう狭い部分を一点突破してるモノもまた味わい深い
誤解のないよう補足しておくが『バック・トゥ・ザ・フューチャーが面白いという風潮にウンザリ』ではない
『いつまでこういう風潮なんだというウンザリ感』である
作品(バック・トゥ・ザ・フューチャー)に罪はない
『いつまでこうなんだ』ということに対しての苛立ちがメインです
とりあえずさァ…こういう記念ムック出すならマジで上北ふたごさんの漫画版アクビ完全復刻して…
タツノコの人どうか救いの手をぉォ…………
#ハクション大魔王2020
#ハクション大魔王
#よばれでとびでてアクビちゃん
姪の面倒を1人で見ることになったのでプリキュア映画でもかけてあげようかと思って調べてるけど、何度見てもタイトルと順番がサッパリわからない。
『マーベル映画ってどの順番で見ればいいんですかぁ?』みたいなアホな質問を鼻で笑ってきたけど、こういう感覚なんだろうな。
漫画版の「#ドラえもん」は、時間の流れが非常に独特だ。実写映画の編集的観点で見ると面白い。
まず、のび太が外で誰かと話をする。
その話を、家に帰ったり部屋に入るといったクッションもなくもう次の場面でドラえもんに話をしている。
で、ドラえもんが冷たく即答する。
ここでは「切迫した状況」「それに負けず必死に行動するしずか」という感情が増幅されればされるほど、観客の心の中で「しずかの行動の尊さ」が浮き彫りになるはずである。
原作もそうだ。しずかの必死の形相が最小限のコマで描かれている。
手を握って微笑む暇などない。安心するにはまだ早い。
最近の作品での使われ方はこんな感じ。画像はさんりようこ先生の「B型H系」
主人公のモテ女子が惚れてしまった鈍感な地味男子と付き合うためにあの手この手を駆使して誘惑するというお話。
B型H系はコメディ漫画の手法がふんだんに駆使されてます。
【時間飛ばし(省略)】
本来地続きにあるはずの描写を省いて、あえて空白を作る手法。不一致解決の要素がある?説明が難しいのだけれど、コメディ作品ではよく見る手法です。
「すれ違い」を生み出す方法として『人物の考えを言語化する』
西洋の古典喜劇でも舞台の演者がわざと思考を口にしていたそうです。
漫画の場合は【傍白不一致】という形式が多い。傍白でわざとキャラの心情を読者に見せて、それが見えてないキャラとすれ違わせる手法(大家さんは思春期より)
「オタクあるある」はやっぱりガチオタにしか描けない。例えば初期の「げんしけん」なんかはこの「オタク度による知識の差」というコミュニケーションの表現が物凄く上手い。
ああいう要素が必要だったと思います。