【複数系列の反復】
先に反復が少し出てしまいましたが、これもベルクソンの主要理論の一つ。
別々の系列の出来事が繰り返されることによる滑稽さ。
F先生が特に使われていた手法じゃないでしょうか。
【認識の不一致】
あるトピックを真面目に話す両者のズレが笑いを誘う。
「表現の訂正」とも。ツッコミによくある形式ですね。
「ローゼンメイデン」との類似も以前ツイートした。
ローゼンも精神分析的側面が強い。ジュンの不登校問題や、「不完全な存在」としてのドールズの関係性。雪華綺晶はやはりシャドウ的悪役で、原作後半ではジュンの「影」も登場する。
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「映画になるとカッコよくなるジャイアン」という定型句があるけど、しずかやスネ夫も映画版になると特有の役割を与えられる。
五人のキャラと役割が分担されているからこそ骨太なドラマが作られる。それぞれが起きる状況に対して、想定されるべき違う反応を見せてくれる。
特に不登校初めの頃は外出自体が心理的に億劫になる。そこから時間が経つとまた心理状態が変化するんだけど。ローゼンのジュンはその辺りの段階的プロセスも上手く描かれていた。
よく知らないけどあれはやっぱり桃種先生自身にひきこもり経験でもあるのかな?
GIFを編集してて思ったけど、カットが割られるまでも無駄に長い。見てた心境はこんなかんじ。
コクリコ坂は制作ドキュメンタリーで「Aパートのコンテがちんたらしてたので単純に尺を早送りにした」と鈴木Pが仰ってたけど、これで「早送り」なんだろうか・・・・・
真面目に写生していた視点から、らくがきをするのび太と、それを見つけて会話するパパの視点に。
わざとドラえもんが放置されたドラえもんが同じコマ内に描かれていることが滑稽さを助長する。
【会話不成立】
これもすれ違いの一種ですが、分けたほうがいいでしょう。
事情の違うそれぞれのコミュニケーションが上手くいかないおかしさです。漫画でもお笑いのコントでも無茶苦茶使われる『ズレ』ですね
最近「ブラック・ジャック」を読み返してるけど私の中のヒューマニズムはほぼこの作品から来ていると言ってもいいかもしれない。
ダークナイトも実にBJ的。「にいちゃんをかえせ!!」の兄ちゃんも弟に「彼は医者じゃない。我々を見守る沈黙のモグリだ」と言っているに違いない