「本と木という字は似ているだろ。本がたくさんある場所はさしずめ森だ。森には森にふさわしい歩き方がある。森で木を探すのは宝探しみたいなものだ。本という宝を探すにはコツがいる」(中江有里『万葉と沙羅』文藝春秋、P27)
「人は本を読まずに生きて行ける。読まずとも考えればよい。然し実際問題として、本を読まない生活に思索が行われるか。今の自分には否としか云えない。本を読まないだけでその生活はヌカっていると断じて誤りであろうか。」(北杜夫著、斎藤国夫編『憂行日記』新潮社、P172)
「近世以前、道を行くのは、人であれ馬であれ、いずれも徒歩であった。道は東海道の一部や京都ー伏見間のような特定の車道を除けば、硬い路面である必要はなかった。人はもちろん馬さえも、硬い靴や蹄鉄ではなく、軟らかい草鞋や沓を履いていたのである。」(金田章裕『道と日本史』日経BP、P228)
8月11日は、作家・吉川英治の誕生日。
「古人を観るのは、山を観るようなものである。観る者の心ひとつで、山のありかたは千差万別する。無用にも有用にも。遠くにも、身近にも。山に対して、山を観るがごとく、時をへだてて古人を観る。興趣はつきない」(『随筆宮本武蔵/随筆私本太平記』P123)
「謙遜は芸術にとって自明の前提である。人間の事業にして、毫末の疑惑をさし挟む余地のないようなものは一つもない。何人といえども、その短き生涯を終えんとして、自己の一生がいかにささやかな価値を有するにすぎなかったかを覚知せざるはないであろう。」(『忘れられた日本』中公文庫、P135)
「ハブが家に侵入するのは、木に登れる能力と関係している。蛇には、地面を這うだけの蛇と木に登れる蛇がいる。後者の蛇は複雑な立体構造も理解できるため、タンスの上の空き箱や本棚の本の裏にも身を潜められる。」(服部正策『奄美でハブを40年研究してきました。』新潮社、P20)
「言葉は刃物…
使い方を誤ると質の悪い凶器に変化する…
相手の心を察して慎重に使わねばなりません…
たとえそれがどんな相手であろうとね…」
(釈蓮和尚・述、『名探偵コナン』第54巻、小学館、P136)
#名探偵コナン
「「確信犯」は、ドイツの法学者ラートブルフが提唱した概念であり、「道徳的、宗教的、政治的な確信に基づいておこなう犯罪」と定義されている。つまり、単なる犯罪に「確信犯」という言葉を使うのは間違いなのである。」(金澤信幸『バラ肉のバラって何?』講談社文庫、P94)
「お面は平面ですから横がないわけです。横顔がない。平たい顔が動いていて表情があるようのに見えるためには、よほど身体の工夫が必要です。また、踊るほうでも、視界が限られて、目が利かないというハンディがあります。」(長谷部浩編『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』岩波書店、P16)