現在の一般的な焼鳥（やきとん）屋よりも豊富な品ぞろえです。 詩人草野心平が経営していた焼鳥屋台でも、タン(舌)ハツ(心臓)フエ(喉笛)ガリ(軟骨) ガツ(胃袋)キモ(肝臓)ヒモ(腸)子袋(卵巣)などの品揃えがありました。

修業を終えた心平は独立して屋台をかまえます。 ”オートバイの音が止って、材料屋が毎日配達してくれるのが昼頃、それから切って串にさす。” この頃には焼鳥用に、豚の臓物を洗って煮る下処理業者ができていたようです。

大正１１年の「横目で見た東京」（勿来関人）では、焼鳥屋に「豚の内臓なんぞ喰はせやがって」と文句をつける人間は野暮であると断じてます。 高価な鶏肉が一串１銭２銭で売れるわけがなかろう、というわけです。

これは昭和初期の焼鳥屋台の絵。犬がおこぼれを期待しています。 焼鳥は東京の屋台から生まれた、下層階級向けの食物です。そして、大正末期から昭和初期にかけて、そのほとんどが豚の内臓を材料とするようになりました。

「新苦学職業学校案内」には”牛馬の臓物は焼鳥に適せず”とありましたが、「放浪者の世の中探訪」においても、焼鳥向けの内臓は牛馬より豚のほうが値段が高いとあります。

明治４４年の「新苦学職業学校案内」（苦学研究会編）に至っては、焼鳥は豚の臓物を使うとあります。 鳥の臓物は値段が高く、牛馬は焼鳥に適さないからだといいます。

明治４０年代以降になると、食品偽装の度合いは一層ひどくなります。 明治４２年の「立志之東京」（渡辺光風）には、鶏の骨や腸を使っている店は少なく、大部分が”下等な馬肉、狗の肉、猫の肉それから牛馬の腸等”を使うとあります

明治３６年の読売新聞の記事は、上等な焼鳥屋台は鳥の肝や骨や腸を焼く一方、下等な店は食品偽装を行っていると告発しています。 ”下等の店に至りては牛の切出し馬肉の下等物さては狗肉を交ずるもあり”

”東京の人の為んのは、其白粥を冷飯に掛ける事やテ”

明治２３年の風俗画報には、”鶏の骨を丸くして焼いたるを賣る”浅草の露店の存在が書かれていますが、この鶏の骨のたたきが、後に焼鳥へと組み込まれることとなります。

焼鳥の原料について歴史をたどってみます。 明治２０年代、３０年代の焼鳥は、鶏の正肉以外の部分、内臓その他を原料として使っていました。 明治２６年出版の「最暗黒之東京」では焼鳥の原料は「鳥の臓物」とだけ書かれています

”焼鳥　煮込と同じく滋養品として力役者の嗜み喰ふ物。シヤモ屋の厨房より買い出したる鳥の臓物を按排して蒲焼にしたる物なり、一串三厘より五厘、香ばしき匂ひ忘れ難しとて先生達は蟻のごとくに鷹つて賞翫す。”