この煮込みのおでんが文献に出るのは明治に入ってから。河竹黙阿弥作の歌舞伎、樟紀流花見幕張(初演明治３年)に、里芋とこんにゃくを煮込んだ「煮込のおでん」が登場します。

お好み焼きは、明治時代末の東京下町において、子供向けの屋台料理として生まれました。 大正時代には大人向けのお好み焼き店舗が浅草に誕生、お好み焼きは大人社会に、そして全国へと広がっていきました。 詳細については「お好み焼きの戦前史」を参照して下さい（宣伝） http://goo.gl/6gKGcx 

１８３０年の嬉遊笑覧（喜多村信節）には”吉兵衛”という屋台の登場により、天ぷらの質が向上したことが書かれています。 ”日本橋きはのやたいみせにて吉兵衛と云ふものよきてんふにし出してより他所にもよきあげものあまたになり是また一變なり”

しかし、鰻飯の値段は１００文から２００文と高く、他の食物に比べるとステータスは高かったのです。 明治３６年の「最新東京繁昌記」（伊藤銀月） によると銀座竹葉亭では鰻飯の客は２階の座敷に上がらせなかったそうですが、それでも鰻飯は贅沢品でした。

大正３年の「人生探訪変装記」（知久泰盛）は、この時期いくつか出版された「潜入物」、変装をして様々な職業に就いてその内幕を暴露したり、貧民街に潜入したりする趣旨の本です。 ここでも貧民窟には牛めし、馬肉めし、深川めし屋が多いとあります。

下層社会の民として「一般労働者」とありますが、戦前の「労働者」という言葉はこのように下層社会の労働者を意味し、差別的なニュアンスを含むことが多いようです。 そして馬肉飯、深川飯、屋台の大福餅屋も、下層労働者向けの下賤な食べものの代表でした。

戦前の東京は、現在と異なり階級意識、職業差別意識が強く、下等労働者の食べる食べもの、例えば牛めしは上中流階級から敬遠されていました。 露店の起業運営について書かれている明治３８年の「諸種営業実地商業案内」（原田東風）には、牛めしは”所謂下層社会の食物”とあります。

その腰弁の生態を描いた大正４年の「腰弁ノート」（安蒜政治郎）には次のような記述があります。 ”潔癖家の口にすべきにあらず　要するに　焼とりと云ひ牛丼といひ　中流人士の好んで常に喰ふべき代物にあらざるなり”

この「碌でなしの人間」をお得意とする「下等飲食店」が、深川飯、牛飯、牛飯の馬肉版である馬肉飯、丸三饂飩でした。

さて、牛めしの文献上の初出は、私がおさえている資料の中では明治１３年の「世の中岡目八目」（芳南散史）になります。 ”腹が減れば四五十文の燒芋で間に合はするか又百五十文で牛飯を喰ふて漸くその日の命を持ち” 貧乏書生が腹を満たすための安い食べものとして、牛めしが登場します。

明治３４年発行の東京名物志でも２５，６年前に神田鍛冶町の仲野が発明、明治３８年の月刊食道楽にも明治７，８年に仲野が発明とあります。 天丼の登場からさほど時間が経っていない資料、かつ複数の資料に登場することから、天丼が「仲野」の発明である可能性は高いと考えます。

明治３８年の月刊食道楽に、本郷の牛めし屋の話が出てきます。この店には牛めしの「大丼（おほどんぶり）」があり、それは ”是は普通の牛飯を、やや大きい丼に入れたので” という大きめの丼に入れたものでした。