ご存知のようにリンゴだけスコットランド系。あとの三人はアイルランド系ですが、リンゴの鼻は実父リチャード譲り。自分では大きいと思ったことはないと言ってます。 
   実はポールもシェーをしてる写真残ってるんですが、はっきりとしたポーズなのはジョンの方です。それにしてもなんてことやらせるんだこのおばちゃんは。 
   ’68ごろからのエンジニアだったジェフ・ジャレットの話。検索すると同姓同名のレスラーしか出てきませんがw
バンド経験者の方は思い当たるんじゃないでしょうか。 
   「コンサート・フォー・ジョージ」のラスト、ジョー・ブラウンの「I’ll see you in my dreams」は涙無くしては見られませんよね。 
   映画の最後を飾るライブ。候補に挙がった場所は、ローマのコロシアム・豪華客船の上などいろいろあったが、結局自社ビルの屋上という一番しょんもない場所になった。いかにも行き当たりばったりのビートルズらしい。 
   実際には「How do ~」は「Love me do」と一緒に録音されていました。2曲目をどうするか決めるときに「Please please me」と比較されたわけです。G&ペースメイカーズ版と比べるとビートルズのはジョンのボーカルもジョージのギターもなんか精彩を欠いていてやる気のなさが伝わってきて面白いですね。 
   4人の番号は電話帳にも載ってないし、年中変えてるのにファンは見つけてしまう…とハンター・デイビスは書いています。ジョージはぶっきらぼうに「お気の毒様」と返事して切るらしいですが、ポールの場合は思いっきり変な声で応対して、相手を黙らせてしまうとのこと。どっちも性格が出てますね。 
   正式には「モーグ」ですが、70年代くらいまではみんな「ムーグ」と言ってました。当時イギリスにあった2台のうちの1台を購入したのがジョージだったそうです。 
   ポールの死亡説なんて今ですら怪しげな動画やフェイク画像がいろいろ流れてますからね。当時だったらネット上ですごいことになってただろうなあ。そこにジョンやジョージもふざけて匿名で書き込んでたりして(笑) 
   デビューした頃「ビートルズの良いところは同性愛などについての冗談を言ったりしないことだ」と新聞に書かれましたが、実際はその手の差別用語やジョークがバンド内ではガンガン飛び交ってました。とはいえここには書けませんが、彼らの言い分というのも30%くらい同情できるところがあるんですよね。