【栗生顕友】京へ退却するため天竜川を渡る新田義貞の兵が、馬ごと川に落ちてしまった時、新田四天王のひとりの栗生左衛門は、鎧のまま川へ入って人馬を左右の手に乗せ、静かに歩んで岸にたどり着いた。
【名誉の大力】足利尊氏に敗れた新田義貞は、水嵩の増す天竜川に退路を阻まれた。浮橋を急造して渡河を試みるも二十数人を残して橋が壊れてしまったその時、名張八郎は仲間を掴み上げ次々と橋の向こうへ投げ渡し、残る二人は脇に抱えて川を飛び越え事なきを得たという(太平記巻十四:官軍引退箱根事)。
#見た人も無言で弓を構えた何かをあげる
弓の絵なら売るほどある(買手は少ない)。
#見た人も無言で剣を構えた何かをあげる
『太刀を逆さに突きて、細道の真中に、立ちずくみに死したりける。』(西源院本太平記第七巻)
#これを見た人は正面の画像を貼れ
骨皮道賢。
細川勝元に金品によって勧誘され、東軍に属して戦った。(ウィキペディア)