【Trick or Treat】骨皮道賢は応仁の乱で活躍した悪党・足軽である。東軍大将・細川勝元に金品をもって雇われ、後方攪乱などで活躍したが、西軍の攻囲に窮し、女性に仮装して逃れようするも失敗、朝倉孝景に討ち取られた。裸に近い軽装だったからなのか、足軽は当時「足白(あしじろ)」とも呼ばれた。
【少弐景資】文永の役で日本軍の総大将として出陣、敵将・劉復亨を射倒したというが、乱戦の中のことで判然としない。元寇は、いわゆる神風を勝因としがちだが、「たんなる自然現象である大風雨を神風たらしめたのは、日本武士群の武勇であった」と海音寺潮五郎は断じている。
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日本史上の武将の漫画を描いて、なんやかんやでお金持ちになりたいです。
【内藤正成】織田信秀の軍勢の夜襲に応戦した時、持参した100本の矢が尽きそうになると、傍らに「怪しき童子」がいたので、矢を持ってくるよう頼むとすぐさま拾ってきた。おかげで死傷200という戦果をあげた。信長が作った武者リストでも、正成は黒点を押されるほど抜群の武功者だったという。
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絵画ではないけど。
・楠木正行奮戦図(四条畷の戦い)
・上杉謙信凱旋図(所謂女性説によせて)
・伊藤景清シコロ引き(ガンダム大地に立つに想い馳せて)
・立湧紋二枚胴具足(池田治政夫妻)
【自天親王の兜】前田青邨は、川上村を訪れた際に特に許され、開かずの蔵から村の総代十数人が榊の葉を口にして、大事に取り出された門外不出の兜を、近くの小学校で、彼らに見守られるなかで写生したという(日本の冑ー前田青邨スケッチ集より)。現在春日大社の国宝殿に展示中(9/7まで)。