何となればまだナウシカは「帝国の敵」ですから。実際チヤルカは一度彼女を手に掛けようとします。が、チククに制せられるまでもなくその手は止まります。耳飾りー彼女が土鬼の孤児の身を案じてサジュ族の女性に託したものーの跡を見て。そんなことをする者が本当に「手にかけるべき敵」なのか?と
こうした段階を踏んだ上で、4巻後半、土鬼大海嘯勃発の混乱の中でチヤルカはナウシカと再会します。この時チヤルカは揺れ動きながら最終的に彼女(とその言動)を信用していきますが、やはり紆余曲折を経ていきます。
そして次の出会い…の前に、釈放された捕虜達からナウシカの人となりを聞く場面を挟むのが巧みな所です。チヤルカのナウシカ理解が段階を踏んで進んでいること、またその「情報源」が多角的かつ「彼女は本当に帝国の敵か?」という疑念を深める方向に沿っています。
まずは対面時から。顔を見て一言二言交わすだけで早くも「狂信者の類ではないのでは」と考えを変えます。勿論、主君たるミラルパのーひいては帝国のー「敵」であることは変わらないのですが、少なくとも予断に凝り固まらない柔軟さが早くも伺えます。
実は当初、チヤルカはナウシカを「邪教の青き衣の者」「帝国の敵」と考え極めて敵対的でした。しかしながらーこれこそがチヤルカの美点なのですがー実際にナウシカのことを自身で見聞きする間に徐々に変わっていきます。
「戦争は金持ちがもうける勝手に」云々というツイートが流れていきましたが、個人的には「金持ち喧嘩せず」の慣用句とともに、『ナポレオン 覇道進撃』のタレーラン&メッテルニヒ師弟(?)が脳裏を過ってスン…となった次第。
また、穿った見方をすれば、僧正がミラルパの前で青き衣の者=ナウシカの存在を匂わせたのも、「青き衣の者狂い」の皇帝の関心を反逆から逸らす為だったかもしれません。事実、このあとのミラルパはナウシカ追跡に夢中になってしまいますので…
そう考えると、皇帝ミラルパが自ら反逆鎮圧に出向いたのも強ちやりすぎではないかもです。何せ現地の僧会幹部は無駄に強圧的態度で自ら反逆のタネを蒔きながら、そのことに無自覚で責任回避に汲々とする為体。そりゃゴミを見るような目で(笑)ふっ飛ばしたくもなります。
このため、ある部族への過度な締付は諸部族の一斉蜂起=帝国の瓦解を招きかねません。なんでも現場を締め付ければいいってものじゃないのは、現代のあれこれにも通じる問題ですね。
こうした皇帝側の「弱腰」は土鬼帝国の体制に起因します。即ち帝国は50余の部族国家の連合体であり、土鬼軍の主力とは、その諸部族軍の集合体に他なりません。僧会中央軍の矛先は、これら諸部族の統制に向けられており、両者の間には強い緊張(と侮蔑)がありました。
何せ部族ぐるみの叛逆の証拠がないので、下手に族滅等の強行処置が取れません。せいぜい監視下に置いて、一種「みそぎ」的な懲罰任務を課すのが精一杯です。
この点を踏まえて僧正の反逆=王蟲培養槽の破壊と、皇帝と対峙した時の彼の訴えを振り返ると、彼の主張の要点が見えます。要は、「自分たち部族民を使い潰すつもりならとことん歯向かうぞ?部族民を無礼(ナメ)るな」かつ、部族民に対しては「生きろ!」なんですね。