如何に墓所が浄化世界護持の理想に燃えて建設されたとはいえ、千年も前の「遺志」が現世の人間を支配しようとするーそれも遥か未来の計画のためにーのは歪であり、ナウシカたちにとっては遠い過去と未来の為に「生きている今」を犠牲とする点で、正に虚無そのものの存在なのですから。
クロトワさんは殿下子飼いではなく、ある密命を帯びつつヴ王から派遣された参謀兼目付でした。そのため殿下からは中々手荒な「洗礼」を受けますが、クロトワさんは難なくかわし、更には「小心な小役人」まで演じ油断を誘います(殿下には効きませんでしたが)。この辺りの化かし愛もたまりませんねぇ…♪
ここでずばり、クロトワさんの密命とはクシャナ殿下の抹殺&秘石奪取なのですが、彼は「尻尾の見える芝居」を態々殿下に見せながら、中々「あと一押し」をせずに、決定的瞬間まで引っ張ります。もちろん、単には「任務達成後には自分は確実に始末されるから」ですが、それだけではないと思われます。
では何故かといえば「自分を高く売る」タイミングを掴むためと思われます。即ち、クロトワさんはここまで、任務遂行と両睨みしつつ、巧みな操艦でアスベルを倒し、やや手荒にではあるが宿営地でクシャナを救出、何よりこれ等の活躍を通じ下士官の人心をがっちり掌握していきます。
そしてこのクロトワさん有利な状況は「殿下が戦場の第三軍に合流するまで」という制限もかかります。サパタにクシャナ殿下が現れるや実権を奪われた将軍のようになりたくなければ、クロトワさんの寝返りは「今」しかないのです。
無論、それでも彼にとって危険なカケではあります。だからこそ、ここまでの彼は参謀(というより寧ろコルベット乗り?)としてしっかり働いた上でその「能力」を殿下に売り込んでいるわけです。実力が伴ってこその「寝返り」なんですね。
そして彼の凄いところは、この「後」は殿下に誠心誠意仕えていることです。その真骨頂は4巻、カボでの第三皇子との一幕でしょう。逆上して冷静を欠くクシャナを逃がすため、重傷のクロトワは一見裏切りにすら見える芝居を打って貴重な時間を稼ぎます。
そんな瀕死のクロトワさんを殿下は担いで逃げ、更には看病も(!)します。尤も彼としては「働けないこと」に忸怩たる思いがあり、途中で殿下と離れ離れになったこともあり、暫しスランプぎみになります。
この後のクロトワさんは、物語の本筋から離れた「モブ」とされる事もありますが、よくよく見ると面白いというか何気に凄いことをしています。それは「大概の勢力とそつなくやっていること」です。ユパ達一行然り、ミト然り、チククたち然り。
何より7巻の難民宿営地では虚脱状態の殿下にかわりトルメキア軍を纏め、ユパ死後にはその遺志を順じて土鬼側とも協調しつつ一丸となってシュワを目指しています。ト軍幹部・参謀らしからぬ、平民故のフラットさからかもしれませんが、これはやはり凄いことです。
またシュワの墓所ではカボで自分を助けてくれたミトへの恩返しもキチンとしています。それも「あんだあんたか」のミトの軽口に同じく軽口で返す気安さを出しながら。この「気安さ」、フラットさがクロトワさんの(たぶん平民由来の)魅力になってきます。
実際、クロトワさんはあのナウシカにも物怖じせず、時に残酷な世間の事実を教え、時に出番を奪われたと一人拗ね、はたまたある時は我を忘れて助けに駆けつけ、と非常に「等身大に」、また感情豊かに接しています。これも他の登場人物にはあまり見られない行動といえそうです。