この複雑矛盾したチヤルカの心は上層部の愚行ー大海嘯の最中に内乱を起こし、あまつさえ殺し合いすら始めるーを見て固まります。自らの命を賭してもこの殺し合いを止める。ナウシカや蟲達が命を賭して「世界」を守ろうとしたように、と。
即ち、チヤルカは他の僧会幹部ー皇弟派・皇兄派問わずーと共に、亡き皇帝の冥福を祈りながら「謹慎」していました。難民代表達が「難民救出に尽力した
チヤルカは他の者とは違う!」と説いても、かくも慎重姿勢であったのは、彼の誠実さもさりながらバランス感覚も大きく影響したと思われます。
実は漫画版における「青い衣の者」伝説の主な舞台は土鬼でありエフタル諸地域ではありません。後はわずかに、「森の人」の始祖が青い衣の者(の一人)に率いられて腐海での生活を始めたという伝承が残る位です。
恰もミラルパによる統治も民衆教化も何の意味もないと嘲笑うような「青き衣の者」の登場と、ソレに狂喜喝采する土民達…ミラルパにとっては幾ら殺しても殺し足りない程悪かったことでしょう。それこそ「大騒ぎして八つ裂きにする」程に。それは傍からみれば滑稽なほど空回りしていたのですが…
実際、7巻で出てきた本当の「墓所」内には聖域足る地下の「主の間」ほか、墓に住み着いた教団員が作った町兼研究所やらヒドラの培養槽など、ヤバげな機密で満ち溢れており、ここを僧会メンバーが日常的に行き来したとは(たとえ「封印」前でも)考えにくいでしょう。
尤も、こうしたコミュニケーションが旧世界に平和をもたらしたかかといえば…ナウシカ達の世界を見ても明らかですが、平和と呼ぶには程とおく、それどころか「超常の力」そのものは、下手をすれば監視と圧政の道具となりかねない有様です。
亡霊となったミラルパに嘗ての力はなく、「超常の力」を持たぬ兄を呪殺することもできぬまま、誘蛾灯に惹かれる様に、虚無に呑まれ心を無防備に曝すナウシカに取り憑こうとします。其処に彼が生前あれ程拘った「帝国」への想いは最早無く、晩年の執着・憎悪に突き動かされる本能/業がだけが見えます。
晩年のミラルパは百年を越える統治を経ても「愚かなままの」土民に絶望し、恐怖政治と自身のカリスマにより辛うじて土鬼帝国を纏め上げていました。が、その帝国は(ミラルパ主観では)不吉なる「青き衣の者」到来と軌を一にして大海嘯に見舞われ、瓦解していきます。
尤も、その蟲使い達にしてもコミュニティの維持は大変なようです。人里から屡々孤児を迎えてなお、この三百年の間に十一の支族のうち三つが絶えているのですから。
上人によれば土鬼の祖先がシュワに封印した旧世界の業を、自らを救世主とする神聖皇帝が解き放ったとあります。ではこれは何時の時点の話か。