これなんとなく少年ジャンプで読んだ気になってたんだけど「マンガ少年」創刊号なんだって。同時掲載が手塚治虫「火の鳥 望郷篇」松本零士「ミライザーバン」に藤子不二雄「みどりの守り神」素ですげえな。んで、やっぱりますむらひろしが一番強烈に印象に残っている。
篠原とおるとか永松健夫のペンの巧みさって顧みられないのよな。かたや劇画技法の中に、かたや黄金バットのインパクトの中にそれぞれ埋もれている。
これは同感する。要するにフォン・デニケンの流れを汲むのだと思うけど、ナスカの地上絵に率先してSF的なロマンを求め、その意匠を洗練されたものとしたことにおいてゼビウスの影響、功績はかなり大きかったと思う。
この畳み掛けるようなカットの積み重ねである。昔のマンガの伝統からこうなのだが、完全に別の技法になっている。凄惨で深刻な内容を、しかし一度突き放すように平板に構成する。そこから湧き上がる何かである。こんな恐ろしいコマ割りようやらん。
藤子不二雄の初期作には、一大スペクタクルを数ページで描いた短編があり、これが物凄く好きだ。とにかくページが少ないから精密なパズルのように無駄な要素は一切ない。今日では絶対にありえない(ページ数≒商品価値だから)トゥールビヨン式腕時計のような、ある意味おそろしく贅沢な世界である。
解説すると、この時代の青年マンガの読者は鈴木清順に憧れこそすれ、実際そうは触れられてない世代(田舎には名画座がないから)と思う。ハジメくんはかなりカッコいいことを言っているのだ。(押井守の「ブニュエル、見たぜ」に近いと思う)それがさらに空回りする世界などまず描かれなかったと思う。
スネ夫自慢のような自転車を決定的に陳腐化させたのがE.T.だったと思う。日本のガキは当時誰一人あんな物凄い自転車を見たことがなかった。しかも売ってもいなかったから、そこらへんのガキがマウンテンバイクを実際乗れたのは80年代も中盤以降ではなかったろうか。