ひょんなことから手を染めた、中国国内では認可されていないジェネリック白血病薬のインドからの密輸入は、いつしか貧困に喘ぐ上海の患者コミュニティの光となり―。むさ苦しい主人公のおじさんが“1年後”のシーンから大変なイケおじに(笑)19本目は『薬の神じゃない!』チネ・ラヴィータ。面白かった!
昭和7年6月7月の『河北新報』を読んでいると概ね「自動で菓子を掴む機械」との趣旨の商品広告がぽつぽつ出てくる。まずいずれも大阪市のメーカであるのが異常に面白い。大阪での大流行を謳い(2社)、また「金儲の大王」等明け透けな惹句でのPR(3社)と共通点が多い。遠く離れた東北での詐欺か真か。
帝農商社「ミカド式氷削機械」(“これからの金儲は新案特許の氷削機”)、中陽商店「鳥羽式氷削機」(“氷と金儲”)、富田鉄工所「富田式氷削機」(“昭和記念新型”)、石樫農機製作所「氷削機」。そして全て大阪市のメーカという共通点がある。そう、昭和7年のクレーンゲーム機広告と全く同構図なのだ!
こちらは昭和3年5月5日付『河北新報』夕刊の広告。氷削機のほか、菓子や飲料水の自販機も載っている。氷削機は「婦人でも小供でも楽に削れる」、自販機は「独りで金儲けをする機械」と清々しく効率性を謳う。「酒が出て肴が出る」新発売の清酒自動販売機も気になるところだ。どんな肴を想定したのか。
1928年(昭和3)6月7日付『河北新報』朝刊。地元の保勝会が東西両公園とも博覧会閉幕後引き続き噴水を保存するよう求めたらしい。
@ikiningyo その「多賀城の納涼園になぞらへ」松島でも、瑞巌寺正門前(物産陳列場辺)を念頭に菊人形を飾って秋の娯楽にしたいという動きもあったようです。
電氣政宗!いかに「電気」の語にモダンな響きを感じる時代があったからとて清酒の銘柄に「電気」と冠するのは吉と出たのか凶と出たのか。大正14年10月31日付『河北新報』朝刊1面広告より。
昭和2年5月3日付『河北新報』朝刊、こちらでも「笠原高級撞球場」が「女ゲーム取」至急数名入用、「蝶々撞球場」が「玉場建築中に付」「ゲーム取り」入用との新聞広告を出している。かなりのビリヤードの人気が窺えよう。
有田音松の有田ドラッグの広告にしばしば写真やイラストで登場する大阪のこの建物が全面で紹介されていた。昭和2年10月9日付『河北新報』夕刊。所在地は大阪内本町二、鉄骨鉄筋コンクリート七階建の本館と別館があるらしい。展望室に貴賓室、大ホール、浴室、寝室、洗面所に地下室食堂まで備えている。