大正とか昭和とかのどの辺かで #最近本当に見なくなった演出選手権 と言われたんじゃないかと思う「肥えたおじさんキャラクター広告」史。「虚弱」の真逆を体現するでっぷりと腹の出た中年男性は明治の新聞のあちこちにいた
神戸に現れる前年、1916年(大正5)3月名古屋における「生大黒」興行の記録を入手した。ここでは「福の舞」「宝の舞」などを披露したらしい。「毎日押すな押すなの大入」とは言いつつ、これ以上の目新しい情報の追加はなかったのか、この新聞での後追い記事は三日で尽き、足取りは途絶えてしまった。
御真影事情。昭和2年5月25日付『河北新報』夕刊。先帝の諒闇明けから新帝の御真影を大量複製し下賜するにあたり、宮内省が民間写真業者を使わず「省内写真館に全国総動員を行つて謹製する」方針なのが面白い。省内写真館がまず気になる。「先帝の御真影は宮中に奉還」というルールだったのも興味深い。
大正4年8月20日付『都新聞』の記事「勇しい葬式」に東京でもちらほら見受けるとして「金覆輪の納棺自働車」を先頭とする葬列の様子が漫画になっている。まさに『霊柩車の誕生』期の光景なのだろう(改めて読み直さねば)
大正10年5月1日に浅草でニコニコ遊覧園が開園する。安本亀八の名が考案者としてクレジットされた「ドリームランド(劇)」なるアトラクションが目玉だったらしい。そして「狸の玉投げ」とは(笑)4月25日付『都新聞』にはニコニコ「遊園地」とあるが、広告で使っている「遊覧園」表記が正確であろう。 https://t.co/1qysmTyaz4
大正13年9月1日付『都新聞』「フジンシツ」欄にこんな記事があった。ピアノの修繕詐欺が横行する程度にはピアノが家庭に普及しつつあったと読めそうで面白い。楽器の素養がないので、秋口が楽器類の手入れ時と言われてもピンときていない。今でもそういうものなのか、時代的な背景があるのか気になる。
気になると追わずにいられない。いずれも河北新報。①T13.9.24夕刊、「一分間に三冊づつ売れる」と豪語する『男女生殖器図解全書』②同9.27朝刊、「注文殺到忽五万部発売!」と誇る『男女生殖器図解研究』金川書院③同9.28朝刊、同じ住所で翌日には発行元がもう違う(笑)④T14.6.6夕刊、「忽十万部」
大正14年1月31日付『都新聞』関東大震災を契機として吉原遊廓では写真見世が禁止されていたのか。遊廓側からの働きかけで2月1日から条件付きで写真掲出が再び認められたことを報じる。警察は何を懸念していたのか。なぜこの条件なら大丈夫なのか。いろいろと気になる。
「ラベルを読む」として壁一面に貼り出されたラベル群のコーナーはそのまま日本の剥製史、理科教育産業史となっている。著名な島津製作所標本部をはじめ、山越工作所や動物標本社などが登場、あの三省堂が明治後期から大正初期にかけての9年間だけ、標本等の製造販売事業を手掛けていたのも面白い。4/n
#おいしい浮世絵展 より歌川国芳「絵兄弟やさすかた」源頼政の鵺退治を下敷きに、鰹節をかっさらう虎柄の猫が鵺に見立てられ、女性にぴしゃりと討たれる。なんとも言えない猫の表情がたまらなくいい(笑)