「親鸞は自分の身につけたあらゆる体験と知識をかたむけ尽くして念仏の救いを説いたのであったが、念仏を信ずるか捨てるかの最後の決断は、相手の自由意志にまかせるといった布教態度をとった。親鸞とて、念仏を他の人から、法然から強制されて信じたわけではない。」(『親鸞』吉川弘文館、P59)
「若い人たちが関心を持っていることに素直に興味を抱けば、喜んでいろいろ教えてくれるでしょう。すると世界が広がるし、感性も若返ります。好奇心は、精神を若々しく柔軟に保つための特効薬のようなもの。」(石井ふく子『歳はトルもの、さっぱりと』中央公論新社、P83)
「ターミナル駅から一駅のエリアは、ユニークな店ができるなど個性をもつまちとして発展しやすいということで「一つ目小町」と呼ばれる時代があった。東京圏では代官山など、大阪圏では大阪駅(JR)の隣の福島駅や天満駅界隈がその例である。」(伊丹康二・文、『鉄道と郊外』鹿島出版会、P152)
「言葉を粗末にするということは、多くはもとの感じを忘れてしまって、ただの符号のように使うことを意味するかと思いますが、それはけっして今に始まったものではなく、ずいぶん久しい前からくり返されていたようです。」(柳田国男『毎日の言葉』角川ソフィア文庫、P26)
好きな安彦先生の言葉。
「だいたいボクはオジサンの
「昔はやったもんだよ」
みたいなのがキライで
昔の
こととか
訊かれても
「アレは、当時は誰でも…」
みたいに流してた」
(安彦良和・斉藤光政『原点 THE ORIGIN』岩波書店、P5)
「私の若い日、それは泣きたくなるほど尊いと思う。私が年寄ってお婆さんになったとき、若き日の過ちをいかに悲しみ、いかに悔むであろうか。ああして過ごせばよかったものを、と必ずや烈しく「今になさばや」の嘆きをかこつであろう。私はそれを恐れる。」(田辺聖子『十八歳の日の記録』P134)
「目が前向きについてるのは、なぜだと思う?
前へ前へと進むためだ!」
(参照: 藤子・F・不二雄『ドラえもん』第9巻、小学館、P6)
#ドラえもん
「言葉は刃物…
使い方を誤ると質の悪い凶器に変化する…
相手の心を察して慎重に使わねばなりません…
たとえそれがどんな相手であろうとね…」
(釈蓮和尚・述、『名探偵コナン』第54巻、小学館、P136)
#名探偵コナン
「本と木という字は似ているだろ。本がたくさんある場所はさしずめ森だ。森には森にふさわしい歩き方がある。森で木を探すのは宝探しみたいなものだ。本という宝を探すにはコツがいる」(中江有里『万葉と沙羅』文藝春秋、P27)