「(海舟)先生はとても活発で、ズカズカと立ち回っていたものだから、
『あれは誰の子か』
と尋ねられた。
『おチヤの縁辺の子でござります』
と申し上げたら、
『初之丞様のお慰めに、大奥のチヤの部屋へ召し上げよう』
という話になった。」
「勝(海舟)先生の家はとても貧しかった。
先生が七歳の頃、おチヤという大奥勤めの親類に連れられ、御本丸のお庭拝見に参加した。他の女中の近縁の者も大勢来ていた。」
府中から箱根まで戻った小吉は、箱根宿の手前のどこかで崖から転落し、恐らく関所を避けるために二子山へ迂回して、その後、小田原三枚橋で人足にスカウトされます。
#夢酔独言
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「また夜になって、頭が他の御帳衆を二人遣わした。明日はいよいよ御届けになるというから、岡野の親類どもが残らず集まって話し合っていたが、前代未聞のことだと思った。
その日は虎之助が家に来ていて、おれは一日家に居たが、夕方、また丈助が宅番所を抜け出した。」
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柳亭種彦(高屋彦四郎)さんと麟太郎のやりとりはフィクションです。面白アイテム&話題提供おじさん。
「暇なら何か書きなさい」は、『氷川清話』より、実際の種彦さんのセリフです。
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「全体おれがこの歳をして居りながら、身心共にまだ壮健であるといふのも、畢竟自分の経験に顧みて、いさゝかたりとも人間の筋道を踏み違へた覚えがなく、胸中に始終この強味があるからだ。この一個の行者こそ、おれが一生の御師匠様だ。」
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「昔本所に、きせん院といふ一個の行者があつて、その頃流行した富籤の祈禱がよく当たるといふので、非常な評判であつたが、おれの老父が、それと親しかつたものだから、おれもたび々々行つたことがある。」
#勝海舟
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「それから、一同がいろいろもてなしておれの機嫌を取った。おれは酒が嫌いだから、人々が酔って騒ぐのを眺めていた。
兵庫の甥に大竹源次郎というひとがあった。そやつがおれが兵庫を『裏店神主』と言ったのを聞いて腹を立て、宮川を騙して昨日の顛末を聞き出したようだった。」
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「それからは、近所の子供がみんなおれの手下になったよ。おれが七つの時だ。」
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「もはやこれまでと思ったから、腹を切ろうと思い、肌を脱いで石の上に座ったら、その脇に居た白子屋という米屋が止めて、家に送ってくれた。」
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「この年、前町のやつと凧で大喧嘩をやった。向こうは二、三十人ばかり、おれは一人で叩き合い、打ち合ったが、結局敵わなわず、干鰯場の石の上に追い上げられた。長棹でひどく叩かれて散らし髪になったが、泣きながら脇差を抜いて切り散らした。」
#はやおき訳