それと石川賢のゲッターロボサーガ。最終作『ゲッターロボアーク』が雑誌の廃刊で打ち切りになったが、多分こちらはもう5年長生きしていれば、どこかで再開できたのでは。このコマが30年近く続いたサーガのラストって、真剣にありえないだろ。誰か続きを描いて。
どんな悪人であれ、亡くなった時は悪口を言うものではないという心性は、私も日本人だからよ〜く分かるのだが、冷静に考えてみると、それってどういう理屈なのだろうね? 「死ねば皆仏」という仏教由来の慈悲の精神なのだろうが、いろいろな意味で「本当にそうなのか?」という疑問も。
あの漫画が凄いのは、一方で饒舌な台詞を盛り込みつ、もう一方ではたっぷりとした余白を取ることで、「言葉で語れること(言葉でしか語れないこと)」と「言葉では語れないこと」の両方を描ききったことだ。この点では映画はだいぶ分が悪い。
ストーリーや構成は9割方原作通りで、これほど原作に忠実な実写映画化は珍しいほどだ。しかし全体的な説得力では、漫画表現の1つの到達点とすら言える原作には及ばない。これはおそらく原作の絵が徹底した「引き算」で出来ているからだと思う。
前にも書いたが、この作品や『葬送のフリーレン』などを読んでいると、やはり今の日本の文化で一番先鋭的で、芸術性と大衆性を兼ね備えたジャンルは、文学でも映画でも演劇でも音楽でもなく、漫画/アニメではないのかと思わずにはいられない。映画館がアニメで埋め尽くされるのもやむなしか…
『王国(あるいはその家について)』ほぼ予備知識なしで見たため、最初のうちは「俺は一体何を見せられているんだ」と戸惑った。それが1時間近く経ったところでようやく「ああ、そういう映画だったのか」とようやく理解できてくる。しかし、それで本当に正しいのかという疑念。